25 まだ、この世界で。
「うっ……うぅ……ひっく」
佐知子は外に出て水場に行くとしゃがみ込み、顔に手を当てたまま泣き続ける。
お母さんに会いたい……。
そう思った。
ひとしきり泣くと覆っていた手を取り立ち上がり、水面を見る。
水が流れ落ち続け、揺れる水面。
(帰りたい……?)
揺れる水面を見つめて、自分が初めて帰りたいと思っているのかと自問自答する。
(帰り……)
頭の中で様々なことが浮かぶ。
母親の顔、暖かい母のご飯、友達、学校、ショッピングモール、家族、しかし、そこに割り込んできたのは、ヨウの辛そうな顔だった。
佐知子は瞳を見開く。
そして、アフマドの亡骸、葬儀でのアイシャ、一緒に墓参りに行ったときのアイシャ、生きてた時のアフマド。いつも元気で相談に乗ってくれるセロ。他のみんな……この村、香り、空気、風景、空、太陽。
(まだ……大丈夫……帰りたくは……ない……)
ほんの少しほほえんで、そっと佐知子は自分の顔の写る広い水受けの中に片手を差し込んだ。
(お母さん……ごめんね、私まだ帰りたくないや……自力じゃ帰れないんだけどね。私がんばるよ……いつになるかわからないけど……帰ったら……たくさんご飯作ってね。あと、親孝行な娘になります)
水面に向かい一人心の中でそうつぶやくと、佐知子はバシャッと両手で水をすくい涙で濡れた顔を洗った。




