24 お母さんのご飯が食べたい。
(お母さんの……ご飯が食べたい……)
使用人小屋に戻り、いつもの様にナンの様なパンと、スープの昼食を食べながら佐知子は思った。
そしていつも父、母、自分、弟、今は家を出ている兄とで囲んでいた食卓を今更思い出す。
何気ないことで喧嘩もした。
弟とも兄とも父とも母とも……。
(最後に話したのって……何だったっけ……歩夢とは玄関で話したけど……お母さんとは……)
佐知子はこちらの世界に来る日の朝にした、母との会話を思い出す。
『佐知子! 今日、夕立降るかもって言ってたから折りたたみ傘持って行きなさい!』
遅刻しそうになり急いで靴を履いている佐知子に、母は慌てて折り畳み傘を渡そうとしていた。
『えー、いいよー、鞄が重くなるから……』
邪険に佐知子はちらりと見て、そんな言葉を返した。
『濡れたら困るでしょ! ほら!』
母は折りたたみ傘を差し出すが、
『いい! もう時間ないから! じゃあね!』
佐知子はそう言って、母に背を向けて家を出た。
それが、二ヶ月以上も会話が出来なくなる最後の会話になるとは、佐知子は思いもしなかった……。
佐知子はその時のことを鮮明に思い出し、持っていたスプーンを止めた。
涙があふれて零れ落ちそうだった。
何故、今更こんなに母のことが恋しくなってきたのだろう。
ノーラが母性に溢れていたからだろうか。
それとも今になってホームシックが来たのだろうか。
(何であんなこと言っちゃったんだろう……)
佐知子の胸に、後悔の念が湧いた。
いつも私の為を思って言ってくれていたのに。
私が酷い事を言っても怒らなかったし、怒ってもご飯は作ってくれた。
洗濯もしてくれた。
いつも自分を犠牲にして私の為……家族の為に尽くしてくれた……。
この世界に来て痛感した。
自分の洗濯物は自分で川で洗濯板と石鹸で、手で洗わなければならない。
食事も皆の分、作っている。
部屋でゴロゴロしていれば美味しいご飯が出来て洗濯物も畳んで置いておいてくれる。
そんな生活が当たり前だった……何て贅沢だったのだろう……。
(お母さんの……ご飯が食べたい……)
ぽたりと、あふれた涙が零れ落ちた。
「うっ……ひっく……」
スプーンをカシャンと投げ置き、あふれてきた涙を隠すように顔を両手で覆った佐知子に、その場で昼食を食べていた全員が驚いて見、黙り込む。
「え……サチ? どうしたの? さっき出かけてたけど、何かあった? おなか痛い?」
隣にいたライラが動揺し、心配しながら声をかける。
佐知子は頭を振る。
佐知子は声を抑え、なるべく泣くのを我慢しながら外に出た。
「サチッ……!」
ライラは追いかけようとするが、
「放っておいてあげな……皆、色々あるんだよ……」
と、年輩の女性に言われ、ライラは心配そうな表情で佐知子の出て行った白い布が揺れる出入口を見つめた。




