19 勇気を出して。
(よし! 行くぞ! 話せば分かる! きっと!! 勇気を出せ!!)
アーマ宿舎の入口で、佐知子はぎゅっと両脇で拳を握り腹部に力を入れ、立っていた。
セロのアドバイスを受け、一人考えた翌日、気持ちが萎えないうちに! と、佐知子はまたアーマ宿舎にやってきていた。
休日ではなかったので九時から三時までの農作業が休みの時間に自分も仕事を終え、相手も落ち着く十時頃にやってきた。
(ノーラさん……いるかな……)
不安が渦を巻く。
(話せば分かってくれるかな……)
あの女性の顔が浮かんだ。
(女は度胸!!)
考えてても仕方ない! と、佐知子はぐっと顔を上げ、階段の下に立った。
「すみませーん! こんにちはー!」
目を瞑って大声で叫んだ。
「また……あんたか」
するとこの間と同じ男性が顔を覗かせた。
「あ……こんにちは。また、上がってもいいですか?」
佐知子はぎこちなく微笑みながら挨拶する。
「ああ……今、休み時間だからいいけどよ……」
中年の、女性達と同じ黒と茶色の作業服を着た褐色肌に黒髪の細身の男性は、親指でくいっと手招きした。
「ありがとうございます!」
その少し好意的な態度に佐知子は少し嬉しくなる。階段を上り切ると男性階の全員が佐知子を見ていた。
「なぁ……ねぇちゃん、ちょっといいか?」
「え?」
階段を更に上ろうとして佐知子は呼び止められた。
「他の奴らとも少し話せるからちょっと話したんだけどよ……なんでねぇちゃん、うちらの故郷の言葉話せんだ? しかも、全員の。いや、全員のつーか何かおかしくてよ。この間来たときの最初の言葉から、全員の故郷の言葉で全員が聞こえててな……なんつーか……ちょっと意味がわからなくてなぁ。ちなみに今もねぇちゃんは俺の故郷の言葉で話してるし俺も故郷の言葉で話してる……俺の故郷なんざここからずっと遠いぞ? どこで習った?」
男は訝し気に問う。その瞳は疑問と奇異の目だった。佐知子は、あ……と思う。
(そうか……ここの男の人達にも私の言葉が故郷の言葉に聞こえてたんだ……)
今更ながらそのことに気づいた。そして少し顔を下げて戸惑う。
言うべきか……言わざるべきか……いや、話すと決めたじゃないか。
話さないと不思議に思われる。奇異の目で見られる。負の感情を、また向けられる……。
あの女性に話そうと思っていたが……予行演習だ! と、佐知子は顔を上げた。
「えっと……あの……信じてもらえないかもしれないんですが……私は私の母国語で話しています。多分、この世界の創造神から貰った力……で、私の言葉が皆さんには皆さんの故郷の言葉や聞きたい言葉で聞こえているようで……私には皆さんの言葉が私の母国語で聞こえてるん……です……」
恐る恐る佐知子が伝えると……
「なんだそりゃあ……」
怪訝な顔で男は声を発した。
(うっ……)
佐知子の心が折れそうになる。
「創造神からもらった力? あんた神の子かなんかかい!」
男はせせら笑う。
「いえ……神の子ではないのですが……」
(他の世界から来たとかは言わない方がいいよね……どうなんだろう……)
腕を腹部で握りながら、戸惑いながら佐知子は瞳を伏せる。
「頭いかれてんのかい?」
(う……)
案の定いわれた言葉に、佐知子は言葉に詰まる。しかしぐっと腹部で握った手をもう一度強く握った。
「頭は……いかれてません! じゃあ、どう説明しますか? 私の言葉、今おじさんの故郷の言葉で聞こえてるんですよね? そこのお兄さん! 私の言葉わかりますよね!?」
「え! お、俺?」
顔を上げ、少し怒ったような表情で佐知子は中年男性に言い返すと、そばで見ていた若い白人の男性に声をかけた。
「私の言葉分かりますよね? 故郷の言葉で聞こえてますよね?」
佐知子はその男性に問い詰めるように聞いた。
「あ、ああ! 俺の故郷の言葉で聞こえてる!」
気の弱そうなその男性は焦りながら答えた。
「ほら! 故郷の言葉で聞こえてるって言ってるじゃないですか! それでもまだ頭おかしいって言いますか!?」
佐知子は中年男性を睨みつける。
「いや……でも……神の力ってのは……」
男性は戸惑い、後頭部をかいた。
「神の力云々は信じて貰わなくても結構です! ただ、私がいろんな言葉で話せる……というか、皆さんと話せるっていう事実だけを分かって普通に接してください! 私はここにいる知り合いに会いに来るだけなので! では失礼します!!」
佐知子は足早に階段を上って行く。
「あ、ねえちゃん……!」
男性の言葉を無視して階段を上る佐知子。やはり簡単には受け入れられなかった。そのことが悲しい。辛い。
佐知子は昂った感情と悲しさで涙目になりながら女性階に駆け上がる。
はぁ。と息を吐き女性階を見ると、下での話が筒抜けだったのか佐知子がまた来たと思ったのか、全員がこちらを見ていた。
「っ……」
佐知子は泣きそうになる。
「サチコ!」
ノーラが駆け寄ってきてくれた。
「ノーラさん!」
佐知子はノーラの姿を見つけると、涙を零しながら抱きついた。
そして安堵してか、ノーラになら……という甘えでか、その場で声を上げて泣いた。
大声でわんわんと、子供のように泣いた。




