18 逃げずに闘う決意。
「サチー、ハンム行くー?」
その夜ライラにそう問われ、佐知子は横になっていた顔を上げながら、
「あ、ごめん……今日は後で一人で行く……」
と、覇気なく答えた。
「わかったー……あんまり遅くならないようにね、危ないから」
ハンムの支度をしながら、ライラは佐知子を心配してくれる。
「うん、ありがとう」
そんなライラの好意に少し微笑みながら答えると、余計にあの初老の女性の顔が浮かんだ。
(考えてみたらこの世界に来てから、私はずっといい人とか好意的な人ばかりに会って来たんだなぁ……ヨウ、セロさん、黄さん、ハーシムさん……は、ちょっと怖かったけど負の感情ではない。し、それからカーシャさん。トトさんとはハーブティーを飲む約束もしたし……アイシャさんにはたくさんお世話になったし、アフマドさんにも……ほんの少しの間だけど優しくしてもらった。ライラもいい子だし、この使用人小屋の人達も皆いい人……看護係の時だって……今まで嫌な人なんていなかった……すべてがうまく行きすぎてたのかも……それも神様の力なのかな……最初は楽なようにって……それとも偶然かな……)
横になり、この世界に来た頃を思い出しながら佐知子はそんなことを考えていた。
いずれにせよ、初めてこの世界で向けられた負の感情……向こうの世界ではたまにあった感情。
友達同士や隣のクラスの女子や、通りすがりの人……すっかり忘れていた……あたたかい幸せな世界に頭まで浸かっていた……。
(逃げちゃだめだな……)
佐知子はそう思った。
元は『それ』を感じて、葛藤して、凌いで……闘って生きていたんだ。
逃げちゃだめだ。
甘えちゃだめだ。
「よし!」
佐知子は横になっていた敷物から起き上がる。
「サチ、どうしたの……?」
ライラとは反対の、隣の褐色肌の女性が驚いた顔をしている。
「ハンム行ってさっぱりしてきます!」
佐知子はハンムの支度をバサバサと気力が覚めないうちに。と、急いでし出した。
「そう……」
不思議そうな表情をして女性は返す。
その後、ハンムでさっぱりした佐知子は、気分も晴れ気持ちよく眠りへとついたのだった。




