16 初めて向けられた瞳。
ノーラと佐知子がその部屋……と言っていいのか、レンガで仕切られただけの部屋と呼ばれる場所へ近づくと、こちらを覗いていた女性二人がぱっと顔を引っ込めた。
ノーラは部屋へ入ると会釈をして、佐知子と床を指差ししながら
「ここ、いい?」
と、言った。
どうやらこの二人とは言葉が通じないらしい。二人は頷く。
その二人は支給されたものだろう、今ノーラが着ているのと同じ黒い裾の膨らんだズボンと茶色い長袖のシャツを着ていた。
一人は、年の頃は初老の黒髪褐色肌の女性と、もう一人は、極東アジア系の三十代くらいの女性だった。
「すみません、お邪魔します」
佐知子が会釈しながらそう言い座ろうとすると、二人は瞳を見開いて唖然としていた。なんだろう……と、佐知子は不思議に思いながらもその場に座る。
すると……
「ねぇ……あなた……さっきから私の故郷の言葉を喋っているけれど……なんなの?」
座った途端、初老の女性に怪訝な表情でそう問われた。
「え?」
佐知子はぽかんと聞き返す。
「私の故郷は辺境よ? あなたみたいな若い子がわかる言葉ではないわ……しかも、あなた私の故郷の言葉話しながら違う言葉のノーラと会話してるじゃない……意味がわからない……気味が悪いわ……」
何か恐ろしい物でも見るかの様に初老の女性は眉間に皺を寄せた。
「あ……」
そこで佐知子はハッとする。
(そうだ……私の言葉は皆には自分の故郷の言葉や聞きたい言葉に聞こえるんだった……)
と。
「あ、あの! 違うんです! これ……特技っていうか……なんていうか……」
初老の女性の表情と佐知子の慌てたその言葉に、何を話しているのかは分からないがノーラは不安そうな表情をし、もう一人の女性も少し怯えた表情をする。
「特技……? 特技ってあなた……そんな人知を超えたことが特技なんて物の訳ないでしょう。あなた何なの?」
初老の女性は訳がわからないという険しい顔をする。
「あの……えっと……」
佐知子は焦る。
女性の表情は怖い。でも、特に瞳が怖い。何か異物を見るような、恐ろしいものを見るような……拒絶されている瞳……少しきつい言葉で言われたのもあり頭の中が真っ白になる。
逃げ出したい。
佐知子はそう思った。きっと何を言ってもこの人は理解してくれない。怖い。逃げたい。
佐知子は立ち上がっていた、
「ノーラさん、ごめんなさい! 私、今日は帰ります!」
佐知子はノーラにそう告げると、その場を駆け出して逃げた。
「サチコ!」
背後からノーラの声が聞こえる。
それでも振り返らずに急いで靴を履き、階段を駆け降り、そのままアーマ宿舎を出て人気のないスークの道まで来るとようやく足を止め、荒い息をしながらとぼとぼとゆっくりと足を進めた。
「はぁ……はぁ……」
先程の事が頭を巡る。
初老の女性の怖い顔、きつい言葉、恐ろしい物でも見るような瞳……。
(……あんな風に見られたの……初めてだったな……)
佐知子はこの世界で受けた、初めての負の感情に戸惑うのだった。




