13 君がここにいること。
「いや~もう、サッちゃん最近上の空だったからさー。ほんと参ったよ」
「え!」
声を上げる佐知子。
「あの難民の親子、今日アーマ宿舎入ったんでしょ?」
セロは問う。
「あ、はい! ノーラさん……難民の親子さんたちは、今日退院してアーマ宿舎に入りました」
少し佐知子は俯く。
「そっか……まぁ、よかったね!」
セロは明るく笑った。
「はい……」
少し浮かない表情の佐知子に……
「さみしい……?」
と、セロは少し微笑みながら問う。
「え! ……まぁ……正直……」
苦笑いしながら佐知子が答えると、
「……俺もさみしかったけどな……」
右腕を伸ばしそこに顔をのせ、眉を少し八の字にして薄くほほえみながらセロはつぶやいた。
「え……」
その言葉の意味に、佐知子が少し動揺していると、
「だって! サッちゃん勉強会再開したのに、上の空で全然向こうの世界の話してくれないんだもんー!」
次の瞬間顔を伏せて、ジタバタと手足を動かして駄々っ子のように叫ぶセロ。
「何聞いても、はい……はぁ……ええ……ばっかりでさぁ!」
「す、すみません! ノーラさんのことで頭がいっぱいで!」
一瞬ドキッとした佐知子だが、ジタバタするセロにほっとして、慌てて謝る。
「また向こうの世界の話、ちゃんとしてくれる?」
「はい! します! もう大丈夫です!」
「やったぁ! じゃあ、勉強しよっか!」
身体を起こして機嫌を戻したセロに安堵した佐知子は、ふと、ヨウのことを思う。
「あ、ヨウも私が上の空で、心配……というか、呆れてました?難民親子のこと終わったの伝えないといけないし……スマホみんな持てればなぁ……」
「ほんとにねー、スマートフォンだっけ? あれほんとすごい技術だよね。使えないから分解していいっていうから少し中見たけどもう精密すぎて……しかも話聞くと魔術だよ魔術。ほんとサッちゃんの世界行っていろんな知識吸収したいなー」
肘をついて頬に手をあてながら、セロは宙を見つめる。
「私もセロさんには私の世界の科学技術学んでほしいです。凄い事になりそうなんで」
「神様に頼んでなんとかならないのー?」
ふふっと笑う佐知子に、セロは机に上半身をべそーっとつけると、佐知子に問う。
「うーん……今、ちょっと聞いてみましょうか?」
セロとの会話が楽しくて、佐知子は悪ノリしてしまう。
「え! うん! 聞いて聞いて!」
驚いた表情をしつつも瞳を輝かせるセロ。
(神様ー、神様ー)
「…………」
部屋には静寂が流れる。
(神様、今ちょっと話せませんかー?)
「…………」
続く静寂。
「ダメみたいです」
佐知子は、ははは。と苦笑した。
「なんだよー!」
セロは頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃとする。
「まぁ、そんなことしたら、あっちの世界もこっちの世界も大変なことになっちゃいますからね。多分だめでしょう。さ、勉強しましょう! 私もそういえばここの所の記憶あんまりないんで」
佐知子は漆喰を塗った板と葦で出来たつけペン、カムを、セロから以前貰ったちょうどいいサイズの革のバッグから取り出し、テーブルに置く。
「…………」
そんな自分の研究室で、以前と同じ光景を見つめるセロは、佐知子の知らない所でほんの少し、嬉しそうに微笑んでいた。




