10 命の強さと脆さ。
「わるいねぇ……墓になんか連れてきちまって」
アイシャが佐知子の隣にしゃがんで来た。
「二区のアフマドっておかしいだろ?」
「え!」
確かに思っていたことを聞かれ、佐知子はどう返していいか戸惑う。
「本当はね……私たちにも死んだ旦那から受け継いだ名字があるんだよ……でもねぇ……アフマドは小さい頃からこの村で、二区のアフマドとして生きて育った……私ももうあの名字を名乗るつもりもない。だから墓にもこの名前で彫ってもらったんだよ。私も死んだら『二区のアイシャ』って彫ってもらうつもりだよ」
「…………」
強い日差しの中、褐色肌にアフマドと同じ黒いウェーブの髪をなびかせて語るアイシャの横顔を、佐知子は見つめる。
「人ってね……ある日突然、あっけなく死んじまうんだよ」
その言葉に、佐知子はドキリとした。
「まぁ、アフマドは戦に出てたから多少は覚悟してたけど……斜め前の家の旦那さんは、突然、胸押さえて苦しんで亡くなっちまった。でも、三軒隣の奥さんは、病気でほとんど寝たきりなのにもう十年も生きてる。人は強いようで弱くて脆い……でも、弱くて脆いようで強い……不思議なもんだねぇ……いつまでもいるように思えて、ある日突然冗談のようにいなくなっちまう……」
アイシャはアフマドの墓石を見つめる。
「だからね……サチコ……いついなくなるかわからないから……悔いのないように……ちゃんと自分の気持ちは伝えておくんだよ。伝えて、一緒になって、家庭を作って、子を産んで……幸せな時間を過ごしておくれ……」
そっと佐知子の肩にアイシャの手が添えられた。
「いなくなった息子代わりにしたら悪いけど……もう私には、ヨウとあんたが……残された子供たちだからね……」
佐知子は瞳を見開いた。涙が滲んだ。
元の世界では、結婚して子供を産むのが当たり前ではなくなってきているけれど、この世界では元の世界の昔の様にそれが当たり前の幸せで……アイシャはそれを自分に願ってくれている……。
脳裏に浮かんだ元の世界の母親のこと、ヨウのこと、アフマドのこと……様々な事が脳裏を駆け巡り、まだ結婚や子供などは考えられないけれど、有難いという気持ちだけはわいて、感情が溢れて涙が零れ落ちそうになった。
佐知子はカンラの袖でそれを拭うと、
「はい……」
と、静かに答えた。
綺麗な青い空とまぶしい太陽の下、アイシャと佐知子は肩を寄せあって、アフマドの墓前でただじっと何も話さず泣きもせず、しばし時をす過ごしたのだった……。




