8 白い花。
「どうだい? 私のいない間に何かあったかい? 困ったことなかったかい?」
二人並んでスークを目指す。
「いえ、もうここでの生活にも慣れましたし、仕事にも生活にも慣れて、困ったことはなかったです」
久しぶりのアイシャとの会話に、佐知子は少し嬉しくなる。
「ヨウとは……なんかあったかい?」
「え……ヨウ……ですか?」
そう問われ、佐知子は思考を巡らす。
アフマドの葬儀以降のこと……。
大戦争を回避するために外交官になろうとギドの丘で誓ったこと。
いつでも何をしてもお前の味方だと言われたこと。
また元の世界に戻ったかもしれないと心配をかけて、抱きしめられて手を繋いだこと……。
「っ……」
あの夜の事を思い出して言葉を詰まらせ、少し頬を赤くする佐知子。
「おや~? 何かあったみたいだねぇ~? けっこうけっこう! おばさんは嬉しいよ! ……アフマドもきっと喜んでるよ」
アフマドという名に、佐知子は一瞬にして真顔になる。
「あ、ここだよ」
そしてスークを歩いて着いたのは、この地方ではなかなか栽培が難しく手に入らない為、一件しかない花屋だった。
「こんにちは、白い花をおくれ」
穏やかさと悲しさと無が混じり合った複雑な表情で、アイシャは花屋の主人に注文する。
「いつもの白い花ですね……今日は二本ですか?」
大柄の髭をたくわえた、熊に似ている褐色肌の店主が穏やかに問う。
「ああ……察しがいいねぇ、まったく」
「ははは」
アイシャは苦笑して、店主は朗らかに笑う。
白い花は二輪、乾いた植物の紐で茎を結ばれアイシャに渡された。
(あ!)
心の中で佐知子はその花を見て声を上げる。
その花は……アフマドの葬儀のときに手向けた、あの小さな花だった。
お金を渡すと、アイシャはまたね。と手を上げ歩き出す。
佐知子にはもう、この後どこに行くのかが分かっていた。




