6 心の強さ。
それからは日常が戻ってきた。
夜明けの鐘と共に起き、支度をして炊事係の仕事し、朝食を食べて仮眠をし、昼食を食べ終えると勉強会をして、あとはゆっくりしたり、スークをぶらぶらしたり……。
ノーラやユースフの事が気になり病院に行きたくもなったが、あと三日、あと二日……と思い佐知子は堪えた。
そんな退院が迫った前日の仕事終わり事。
「あー、終わった終わった」
「でもだいぶ涼しくなったねー」
夏季と冬季しかないこの地方。
昼間の気温は余り変わらない様に佐知子には思えるが、それでも微妙な変化はあるので、この世界……アスワド村の人には分かるらしい。
そうだねー。などと話しながら、朝番の仕事が終わった皆がぞろぞろと使用人小屋に戻り、佐知子も水の入ったコップを持って戻る。そして、絨毯が敷かれた食事などを食べる共有スペースに座り食事を待っていると……
「みんなー! 食事持ってきたよー!」
その声に皆がざわっとした。
「!」
佐知子も目を見開いて入口を見た。
「アイシャ!」
と、複数の声が飛ぶ。
そう、入口には少し痩せた……やつれたアイシャが仕事着を着て、笑顔で食事を持っていたのだ。
「あんた……あんたもういいのかい……? その……無理しなくていいんだよ?」
かける言葉を選んで、仲のいい中年の女性がアイシャに近寄る。
「なぁーに、気ぃつかってんのさ! あたしゃ、もう大丈夫だよ! いつまでも家にこもってたら余計気が滅入っちまうよ! 外に出て! 太陽浴びて! 働らかなきゃね!」
アイシャは以前と同じ、曇りのない笑顔だった……。
(アイシャさん……)
本当に吹っ切れたのだろうか……いや、吹っ切れるはずがない。
本人も言っているではないか『家にこもっていたら、余計に気が滅入る』と……。だからある程度まで悲しみが癒えたから、家から出てきたのだ……。
佐知子はアイシャの強さを心の底から尊敬した。
「ほら! みんな朝食だよ! 早く食べないと冷めちまうよ!」
皆はアイシャと後ろの人達から食事を受け取る。
「おや、サチコ」
すると、アイシャの前へ食事を取りに行き、佐知子はアイシャと対面する。
「あ、あの……アイシャさん……」
なんと言っていいかわからず挙動不審で立ち尽くす佐知子。アイシャはふっと、柔らかく優しくほほえみ、
「ほれ、朝食だよ。たんとおたべ」
と、朝食を差し出した。
「あ……ありがとうございます……」
佐知子はこんなときに何もいえない自分が嫌になった。
「あとね、サチコ」
「! はい!」
名前を小さく呼ばれ、下げていた顔を上げる。
「朝ご飯食べ終わったら……ちょっと付き合ってくれないかい?」
アイシャがほほえむ。
「え……」
「何か予定あるかい?」
おや? と、アイシャは笑顔を引っ込める。
「いえ! 何も!」
ぶんぶんと佐知子は頭を振った。
「そうかい。じゃあ、あたしは久しぶりに行った調理場が酷い状態だったから整えてるから、終わったら食器戻しついでに声かけておくれ」
「あ、はい!」
アイシャは手を上げ去って行った。
(なんだろう……)
佐知子は不思議に思いながらもハッとし、早く食べなくてはと皆が座る絨毯の上に座り、朝食を食べ始めたのだった。




