5 煌めく星とハーブ。
「…………」
佐知子が背後に立っても、トトはまだ気づかない。
(すごい集中力……)
何か締め切りがあるのかな? 庭仕事がそんなに好きなのかな? と考えつつも、暗くなって来たので佐知子は仕方なく声をかける。
「あの、トトさん」
「わっ!」
ビクッ! と、肩を揺らしトトは叫んだ。そしてゆっくりとしゃがんだままヨウくらいある大きな体を振り向かせて、怪訝な顔で佐知子を見た。
「君は……」
「あ、サチコです。あの、違う世界からきた……」
「ああ……わかってる……」
トトは手を払うと、立ち上がる。
「…………」
ちゃんと落ち着いてみると、立ち上がるとヨウ以上に背が高くて庭仕事をしているせいか、肩幅や体つき、筋肉などもがっちりしていて、サチコは思わず戸惑い数歩後ろに下がる。
(こんな人だったっけ……)
草花好きの変人。というイメージと外見がミスマッチだった。
「あ、あの! お礼を言いたくて病院の受付の人にこの場所を聞いてきました!」
ぼーっとトトを見上げていたが、慌てて佐知子は口を開く。
「……お礼?」
無表情で答えるトト。
(う……怖い……)
威圧感に言葉を続けるのに挫けそうになる佐知子。
「あの、難民課のことを教えて下さってありがとうございました! おかげ様で何とかなりました!」
サチコは頭を下げる。
「ああ……別に……よかったね……」
愛想なくトトはそう言うと、置いてある袋から土を取り出そうとする。
「…………」
その反応に佐知子は戸惑う。そこでふと、トトの脇に植えてある植物に目が行く。
「あ、これミントですか?」
「…………」
トトの動きが止まった。
「……ミント……だよ」
「ハーブ植えてるんですか? うちの母もハーブが好きで、ラベンダーとかローズマリーとかカモミールとか育ててたんです」
何の気なしに佐知子は立ったまま世間話のように話した。しかし、
「……君……薬草……わかるの?」
驚いた表情で、トトは佐知子を見た。
「え……いや、ハーブの話を……」
「はーぶ?」
トトが不思議そうな顔をする。
「ハーブ……」
戸惑いながら佐知子が答えると、
「……どうやら君の世界では薬草を『はーぶ』と言うみたいだね……そうか……『はーぶ』か……」
土のついた手でメガネを押し上げながら、トトは作業へと戻ろうとする。
「あ、薬草ってハーブのことだったんですか……」
佐知子も少し驚く。
「よくわからないけれど……君の言った物は全て使っているよ。ここに植えている物は全部、薬草」
作業を再開させながらトトは答える。
「そうなんですかぁ~……あ、ハーブティーとか美味しいですよね。よく母と飲んでました」
その言葉にトトの動きがまたもや止まる。
「『はーぶてぃー』……薬草茶の……ことかな……」
「多分、そうだと思います!」
しゃがみこんでいるトトの背後で佐知子は答える。
「君……薬草茶飲むの?」
「はい! 好きです!」
元気よく佐知子は答える。
「……そう……じゃあ……今度……飲む?」
そんな佐知子に、トトは恐る恐る振り返りながら聞いてきた。
「え! いいんですか!? 飲みます! 嬉しいです! やったー!」
本心から佐知子は嬉しくほほえんでそう答えた。
「……わかった……じゃあ……今度……誘うね……」
トトは驚いた表情をした後、顔を正面に戻した。
「はい! ありがとうございます! あ! もうこんな真っ暗! トトさん、私帰りますね! トトさんも手元見えないでしょうし、切り上げてくださいね! あと、本当にありがとうございました! それじゃあまた!」
そう伝えると、佐知子は足早に去って行った……。
「…………」
残されたトトは、鉄で出来たシャベルの様な物をぎゅっと握り立ち上がりながら、暗くなりもうほぼ見えない佐知子の後ろ姿を見つめ、どこか嬉しそうにに少しほほえみ、キラキラと煌めきだした星を見上げ、
「『はーぶ』……『はーぶてぃー』……か」
と、呟いたのだった。




