37 次への決意。
「今日はごめんね」
外に出て真っ暗な寒い夜空の下、佐知子は話す。
「いや……俺も……動揺しすぎた……」
ヨウは俯いて呟くように返した。
「……ヨウの手はおっきいね」
角を曲がりながらもう一言。
「あ? ああ……そう……か?」
ヨウの耳が赤くなる。だが、暗闇だから誰にも分からない。
「うん……」
ヨウの少しざらざらとした肌の感覚。ごつごつとした感覚。そしてぬくもりが伝わって来た。
「……サチコの手は…………柔らかくて小さいな……」
そしてヨウの手には……小さくて柔らかくて、温かい……愛おしい手の感覚が伝わって来た。
「男女の差だね……」
そう佐知子が言った所で、使用人小屋の前に着いてしまった。
「ありがとう、送ってくれて」
「ああ……」
二人は小屋の入口で向かい合う。
「…………」
しかしヨウは手を離さない。
「ヨウ……手、離して」
佐知子は苦笑しながら言う。
「…………」
ヨウは俯いて手を握ったまま、足で地面の砂をザリッと弄った。
「明日も明後日も……私はこの世界にいるよ……多分」
「多分……な」
「うん」
不安定な、不確定な存在。
それが異世界から来た少女、佐知子だ。
「仕方ないよ……そればっかりは。神様しか分からない……」
俯く佐知子。
「……ああ…………」
ヨウがぎゅっと手に力を込めた。
まるでヨウが戦に行く時にした佐知子のように。
そして数秒後……すっと放す。
「おやすみ……また、明日……」
顔を上げ、ほほえむヨウ。
そのほほえみは、アフマドが戦死したと告げられた時以来の、ごく普通の人がする穏やかな優しいほほえみだった。
佐知子は驚いて瞳を見開く。
「……おやすみ」
そしてぽつりと反射的にそう返すと、ヨウは行ってしまった……。
(……びっくりしたー!)
佐知子は心の中で叫ぶ。
(ヨウ……またあんな風に笑ったな……)
何となくヨウがあんな風に笑うときは無理をしている時だと……思ってしまう佐知子。今回も離れたくないのを我慢して去って行ったのだろうか……。
(でも、添い寝までしてあげる訳にもいかないしなー……)
そんなことを思いながら空を見上げると満天の星空だった。
(はぁー……なんか怒濤の一日だったなー……)
佐知子は頬に両手を当て思いに耽る。そしてセロの言葉を思い出す。
(能力があるのに使わないのは罪……か)
頬からするりと両手を下ろす。そして思い出す。あのギドの丘で外交官になろうと決心したことを……。
(あ! 外交官って多言語使えた方がいいよね? やったー! 神様ありがとー! 有利じゃん!)
そして楽観的に急にそんなことを思う。そして今日、難民の人々に感謝されたことも思い出す……。
(私がこの能力を使えば……助かる人がたくさんいるのか……な)
佐知子は空いっぱいに煌めく星々を見て思う。
(炊事係の……ままじゃ……いけないよね……)
そしてそう思い、下ろした手の平をぎゅっと握ると、使用人小屋の重い鉄の扉を開け中へと入ったのだった……。




