29 悲痛な瞳。
季節は夏季から冬季へと変わろうとしていた。
アスワド村がある地域の季節は、四季ではなく夏季と冬季だけだ。日が暮れるのも少し早くなったがこの地域は一年中暑い。しかし、夜はだいぶ寒くなる。
(勉強会のこと……ノーラさんの事ですっかり忘れてたな……でも……来なかっただけでヨウがそんなに心配するなんて……)
布から灯りがもれる入口の横の壁に寄りかかりながら、佐知子はヨウのことを想う。
(……そうだよなぁ……いつまた戻っちゃうかわからないんだよなぁ……私自身も。ねぇ、神様?)
その問いに、あの軽いノリで話す神様は答えなかった。
(答えてよ。ていうか、全部終わるまで返さないでね。私、決めたんだから……)
佐知子が、むっとしながら茜色がほぼなくなる紺色の空を見上げていると……
「サチコ!」
「!」
名前を叫ばれ声のした方を向く。
走らせていた馬から滑り落ちるように地面に着地し、こちらへ走ってくる人影……ヨウだった。
「ヨッ……!」
名前を言うより早く、強く強く、抱きしめられた。
「サチコっ! よかった! いた……いた……っ!」
悲痛とも思える声が、大きい体にすっぽりと抱きしめられた頭上から聞こえてくる。
佐知子は瞳を見開き、ただただ硬直していた。
ヨウの力はとても強く息苦しいくらいだ。だが何故か……それが心地良いと少し思ってしまう。
「……ヨ、ヨウ……」
「サチコ……」
ヨウは佐知子をぎゅっと抱きしめたまま微動だにしない。ヨウからしっとりと汗が伝わってくる。いつものエキゾチックないい香りではなく、汗の匂いがする……。
(こんなに汗だくで……探してくれたんだ……)
そんなに心配してくれたんだ……と、佐知子は瞳を伏せる。
「……ヨウ……ごめんね……私はちゃんとここにいるよ……元の世界に戻ってないよ……用事があって、勉強会のことすっかり忘れてそっちに行ってたの……ごめんなさい……」
ヨウの胸の中でもごもごとそう伝えて、躊躇ったがヨウの背中に腕を回しぎゅっと力いっぱい抱きしめた。
「…………」
その言葉と、佐知子のぬくもりと、抱き返してきた感触に、ヨウは佐知子がここにいると実感しようやく安心したのか、ヨウはぎゅっと強く閉じていた瞳を大きく開き、そっと腕を緩め、佐知子を放した。
「もう……黙ってどこかへ行かないでくれ……」
そして体を離すと、佐知子の瞳を泣き出しそうに瞳を細め、悲痛な表情でじっと見つめヨウはそういった。
「……うん、ごめんね」
申し訳なく、佐知子はほほえんだ。




