26 ノーラという人。
「さ、ユースフも心配だし、帰りましょうか」
ノーラがほほえむ。
「あ、そうですね! やっと帰れるー!」
佐知子が少し大きめの声でそう言うと、
「あなた帰っちゃうの!? お願い! 私の通訳もして! お願いよ!!」
横から服を掴まれた。
「え!」
佐知子は驚く。
「あなたがいなくなったら言葉がわからなくて、大変だわ! お願い! 私だけでもいいから!」
「お嬢ちゃん! 帰っちまうのか! 困るよ! 俺も頼む! まだいてくれ!」
二、三人後ろの方からも、大声が飛んでくる。
「……何て言ってるの? サチコ?」
ノーラは少し驚きながら佐知子に問う。
「あの……帰らないで、自分の通訳もしてくれと……」
その言葉にノーラと役人の女性はふっとほほえむ。
「まぁ、当然よね」
役人の女性はそう言った。
「え……」
佐知子は役人の女性を見る。
「サチコ……」
ノーラはサチコの手を取る。
「私はこの後一旦、病院に戻って日没の鐘を待つだけだから、あなたは……大変だろうけど、通訳をしてあげて」
穏やかにほほえむ、ノーラ。
「え……」
そして戸惑う佐知子。
「これはあなたにしか出来ない事よ。何か……そう、きっと神様が与えてくれた力。その力を、皆の為に使ってあげて。私は子供じゃないし一人で帰れるわ。大丈夫よ」
ノーラはにっこりとほほえんだ。
「…………」
佐知子は戸惑う。けれど、そう言われては仕方ない。
「はい」
と、頷いた。
「あ、役人さんの許可取ってなかったわね。役人さんに聞いてみて」
ノーラは慌てる。
佐知子は役人の女性に聞きながら、落ち着いた生活を送り出して、ノーラという人物が、とても落ち着いていて、あたたかで、聡明な、人として素晴らしい人だったんだなぁと思った。
「まぁ、ここまでやっちゃったし、今日はもう最後まであなたについてもらうわ。それであとで上司に報告しとく」
役人の女性は首を傾げながら諦めた感じだ。
「え……」
上司に報告という言葉に戸惑う佐知子。
「何だか知らないけど乗りかかった船よ。私もたまには仕事、楽したいし。ってことで、日没の鐘まであと二時間! 頼むわよ! サチコだっけ?」
役人の女性はパンと、佐知子の二の腕を叩く。
「あ、はい!」
反射的に佐知子は返事をした。
「私はズハンよ、改めてよろしくね」
「はい!」
中には入れられないけど難民の人の横に座ってもらうから丸椅子持ってくる。と、ズハンという役人の女性が席を立っている間に、ノーラと手を振って別れ、丸椅子を難民の隣に置き、佐知子の役人の手伝いは続いたのだった。




