8-1 元の世界。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
その後、全速力で自転車を漕ぎ、一軒家の自宅につくと自転車を止め、玄関の鍵を急いで開けると慌ただしく中へと入り勢いよく扉を閉め、玄関の扉に背をつきながら、ようやく佐知子は一息ついた。
(夢じゃ……ない? 夢じゃない!!)
佐知子はもう一度リュックを見る。
そこには野犬に襲われた跡がはっきりと残っていた。
そして胸に制服のスカーフはない。ごそごそと急いでリュックの中も見た。
「…………」
中には空のペットボトル。
そしてハンドタオルはなく、少し乾いた血まみれのフェイスタオルがあった……。
「夢じゃない……やっぱり夢じゃない!」
そこでふと左手首の腕輪に目が行く。
(腕輪……)
腕輪に触れてみる。
「あれ?」
しかし異変に気づいた。
腕輪がぴったりと腕にくっついているのだ。
買った時は付け外し出来るほど緩かったのだが、今はぴったり微動だにせず密着している。
これでは外せない。
「え、ちょ、困るんだけど」
佐知子は外そうとぐっと力を入れて引っ張るが、外れない。
「何これ!?」
「姉ちゃん玄関でうるさい! 何騒いでんの!?」
玄関でそんなことをしていると、弟の歩夢がリビングの扉を開きやってきた。
「あ……」
「何してんの?」
小学5年生の弟が訝し気にこちらを見ている。
「いや……何でも……ない、ごめん……」
まさか、異世界に行っていた確認をしてました。などと言える訳もなく、佐知子はリュックのチャックを閉めるとカバンを持ち部屋へ行こうとした。
しかしそこで、猛烈に喉が乾いていることに気づく。
(そうだよね……ずっと水分取ってなかったもんね……倒れちゃう。麦茶飲もう)
佐知子はキッチンへと向かった。
対面キッチンはリビングのエアコンが効いていてとても涼しかった。
(涼しい~! わー! 天国ー!!)
佐知子は何だか泣きそうになる。
先程までとの文明の違いに。
麦茶を口にすると止まらなかった。
一気に三杯ほど飲み干した。
満足行くまで飲むと、息を吐き出しやっと落ち着き、エアコンの効いた涼しい部屋でソファにだらしなく横になりながらテレビを見ている弟を見つつ、佐知子は少しぼうっとしながら先程までのことを思い出していた。
さっきまでのことは現実だ。ちゃんと物的証拠もある。
夢ではない。夢を叶えてくれる腕輪のおかげで、平凡な日常から刺激たっぷりの異世界へ行けたのだ。
(本当に刺激たっぷりだったなぁ……)
佐知子は思い出す、風景、気候、ヨウの風貌、傷口、野犬に襲われたこと……。
異世界は、大変だ。
(でも……楽しかったな……)
佐知子はふっとほほえむ。しかしハッとした。
(ヨウくん! ヨウくんどうなったのかな!? 大丈夫かな!? あの人ちゃんとお医者さんに見せてくれたかな!?)
今更ながら佐知子はヨウのことを思い出す。
ヨウのことが気になって仕方がなかった。
またあっちの世界に行けるだろうか……。
佐知子は少ししゅんとしながらシンクにグラスを置くと、自室へと向かった。