23 勇気を出してよかった。
「あの!」
言葉が通じず地図や身振り手振りで意思の疎通をはかっている役人の女性と、恰幅のいい男性の側に立った佐知子。二人は突然現れた佐知子を見る。
ドクドクと心臓の音が聞こえてくる。緊張はしている。でも、ノーラさんの為、ここにいる難民の人達の為。断られるかもしれないけど、言ってみよう! と、佐知子は口を開いた。
「あの! 私この男性の言葉がわかるので! もしよかったら通訳させてください!」
ぎゅっと拳を握り、佐知子は少し大き目の声で伝えた。
「え?」
役人の女性は怪訝な顔をしている。しかし……
「おー! お嬢ちゃん! 俺の故郷の言葉が話せるのか! おー! 他の人の口からその言葉を聞いたのは何年ぶりだろう! そうだ! 通訳してくれ! 俺、アーマ宿舎に入りてぇんだよ!」
褐色肌に長く伸びた黒髪と髭の男性は、佐知子の手を握った。
「あ、はい……私はかまわないんですが、役人の方が……」
と、二人で窓口の役人。極東アジア系の少しふっくらした中年女性は、二人を見て、きょとんとしていた。そして、
「あなた……本当にこの男性の言葉わかるの? 今、何語かわからないけど話してたけど……」
と、訝し気な表情で聞いてきた。
「は、はい! わかります! あと、他の難民の方も、多分全員!」
「はぁ?」
佐知子の言葉に女性は怪訝な顔をして、少し大きな声で聞き返した。
「あなた、何言ってるの?」
ありえないという女性の表情と言葉に、やばい、調子に乗り過ぎたかも……と、佐知子はうっとたじろぐ……しかし、
「と、とりあえず! この男性だけでも通訳させてください! 私の知り合いも手続き待ってるんです! だから早く順番回したくて!」
と、両手を身体の脇でぎゅっと握りながら、佐知子は少し俯き加減に言う。
「……他の奴の言葉がわかるのかはしらねぇが……俺の言葉はわかるからよ! 通訳してもらってくれよ!」
と、難民の男性は窓口の女性に詰め寄る。
「な、なんていってるの……?」
異臭に少し身を引きながら役人の女性は問う。
「私が他の人の言葉もわかるのかは知らないけど、俺の言葉はわかるから通訳してもらってくれよ……と」
俯き加減に佐知子が伝えると、
「……嘘、言ってない?」
と、鋭い眼光で女性は佐知子を見た。
「嘘は言ってません! ね、おじさん! 私、嘘言ってませんよね!」
佐知子が男性に顔を向けると、男性は、ああ! ああ! と、ブンブンと首を縦に振った。
「…………」
その様子を見て……役人の女性はふぅと、一息つくと、
「バレたら後で怒られそうだけど……まぁ、いいわ。とりあえずこの男性だけでも。確かに助かるし」
諦めるかのように瞳を閉じて、ため息を吐いた。
「ありがとうございます!」
佐知子は喜びの声を上げる。
「何て言ったんだ?」
男性が聞いてきた。
「通訳していいそうです!」
「本当か! やったー! これで今日は野宿せずにすむぞ!」
男性は嬉しそうに腕を上げて叫んだ。




