16 想像の遥か彼方。
「サチコ! 本当に来てくれたのね!」
「来ますよ、ちゃんと」
一気に表情を明るくするノーラに、笑顔を向ける佐知子。
「よかったわ。あれから来なかったらどうしようかと思ってたの」
嬉しそうに、ありがとう。と、手を握るノーラ。
「ちゃんと来ますから。昨日は眠れましたか? ご飯は食べられました? ユースフくんの具合どうですか?」
佐知子はノーラと部屋の中へ入りながら矢継ぎ早に質問をする。
「昨日は久しぶりにおいしい、ちゃんとした食事をいただいて、ぐっすり久しぶりに柔らかい布団の上で眠ったわ……ユースフも食事がとれるようになったの……本当に感謝よ……」
ユースフとノーラのいる病室は、日当たりのいい部屋で、窓格子を通して柔らかい、いい光と、風が入ってくる。二人は並んで、ユースフの寝顔を黙って見つめる。
「……私たちはね……エウペ王国の辺境の村からきたの……」
すると、黙っていたノーラが、口を開いた。佐知子がノーラを見ると、ノーラはユースフを優しい瞳で見つめたまま語る。
「小さな村同士の争いでね……夫は戦で亡くなったわ……村は負けて、村も家も何もかも焼かれてなくなった……残ったのは抱えていたユースフと、着ている服と身一つ。しかたなく、あてのない旅に出たの……持ち物もなにもない……食べ物も途中の店で拾ったり……恵んでもらったり…………体と交換でもらったり……」
ノーラは少しほほえんでうつむいた。佐知子は硬直する。
「そんなとき、この村の噂を聞いたのよ。こんな私たちを受け入れてくれる村があるって。来てよかったわ……遠かったけれど……本当によかった……」
ノーラの瞳に涙が浮かぶ。佐知子の瞳にも涙がにじんだ……最後のノーラの言葉……。
『体と交換で』
生きるために、食べ物を得るためにそこまでしなくてはならない……昨日、考えた佐知子の想像を超えていた……考えが甘かった……自分の居た、優しくて平和で甘い世界を思い出す……。
ズッと、佐知子は鼻をすすった。
「ノーラさん……お疲れさまでした」
今度はちゃんと言葉に出して、ノーラの手にそっと手を重ねて、佐知子は言う。
「ふふ……でも、まだお疲れさまとはいかないのよ。二週間の入院が終わったら、私たちはまた家なし……行くあてもない、所持金もゼロ。どうしようかしらねぇ……」
ノーラは顔を上げる。
「……でも、昨日お医者さんが難民を受け入れてるって行ってましたよね? ……じゃあ……何かここで暮らす方法があるんじゃないですか? 私、誰かに聞いてきます!」
「え!」
佐知子はいきなり立ち上がると、扉へと走り出した。
ノーラのあんな話を聞いて放ってはおけない。
ノーラを安定した生活へ、安住の地へたどり着けさせたい。
佐知子はそう思い、部屋を飛び出したのだった。




