12 私の知らないこと。
「お母さんも身支度、整えられましたか?」
すると、先程担当してくれた医師、アドルフがやってきた。
「先生……」
佐知子は入口にいる医師へと振り向く。
「先生! この度は、息子を助けていただき本当にありがとうございました! しかも無料で! しかも、私もこんな身綺麗にしていただいて! 本当に感謝してもしきれません!」
ノーラは医師の両手を握り、頭を下げ、大きな声で感謝の言葉を述べる。しかし、その言葉はアドルフにはわからない……困った顔をしているアドルフに、佐知子は通訳をした。
「患者を治療するのは私の仕事です。この病院が無料なのは、この村を作った代表のお二人が決めたことです。この病院は寄付で成り立っています。いつかあなたが寄付できるようになったとき、寄付してください。また、あなたのような人が助かります。難民を受け入れるようにしたのも代表が決めたことです。代表のお二人に感謝してください。……と、訳してもらえますか?」
アドルフは苦笑する。
「あ、はい!」
通訳をしながら、佐知子は思った。
病院が寄付で成り立っていたことは知っていたが、難民を受け入れることをハーシムさんと黄さんが決め、こんなことまでしているとは知らなかった……。
まだまだ自分の知らないことはたくさんある……。
制度や事情や状況や秘密や世界や過酷さ…………。
きっと私の知らないことだらけなんだろうな……と、佐知子は思った。




