7 ノーラ。
その後、落ち着いたら二人を呼ぶとのことで、佐知子と母親は待合室の前で立って待っていた。
「あなたが難民の方ね?」
するとほどなくして、女性の看護婦が大きめのかごを手にしてやってきた。
「あ、そうです! こちらの方が」
佐知子は両手で隣にいるアフリカ系女性を指す。
「私はダリア。あなたのお名前は?」
ダリアという、黒髪に褐色肌の恰幅のいい中年の看護婦は、やわらかくほほえむ。
(そういえば名前、聞いてなかったな……)
佐知子もそう思い、通訳する。
「こちらの方はダリアさんだそうです。あなたのお名前は? と聞いています」
問うと、女性は少しおろおろとしながらも、ダリアに向かって答えた。
「……私はノーラといいます。よろしくお願いします」
ノーラという名だとわかった緑色の瞳のアフリカ系女性は手を合わせながら、少し頭を下げる。
「ノーラさんだそうです」
佐知子は通訳した。
「……言葉が通じないのね。まぁ、毎回そうだけど! じゃあ、ハンムに行きましょうか! もう何ヶ月もお風呂に入ってないでしょ? さっぱりするわよ!」
ダリアは笑顔で片手を肩まで上げる。陽気ないい人そうだと佐知子はほっとする。
「ハンムっていうお風呂に行きましょうっていってます。さっき、お医者さんがいってましたよね」
「あ、ええ……あなたも来てくれるのよね? 言葉がわからないと……」
「あー……」
佐知子は戸惑う。ハンムに入ったら服など湿ってしまうだろう。着替えもない……。
「ほらほら、行くわよ! いつまでも病院にそんな不衛生な状態でいられたら困っちゃうわ!」
するとダリアがノーラをくるんと回転させ、背を押して歩いていく。
「え! あ、あの! ノーラさんは言葉がわからなくて!」
佐知子が後を追おうとするが、
「大丈夫、大丈夫! もう何十人と難民のハンムのお手伝いしてるんだから~!」
ひらひらと手を振り、ダリアは佐知子と同じくあせっているノーラの背を押し、行ってしまった。
「…………たくましい」
そんなことをぽつりとつぶやきながら、ありがたかったが、本当に大丈夫かなぁと、佐知子は心配になりながらも、レンガで少し高くなって、絨毯の敷かれた待合室にサンダルを脱いでようやく座った。
先程までノーラがいたため座ることができなかったのだ。汚れた服で絨毯を汚してしまう。
待合室にいる人々からも匂いからか、少しうとましい目で見られていた。そんな目で見なくてもいいのに……元は難民だった人たちだっているでしょうに……と、佐知子は内心思っていた。




