6 難民。
診察室に入ると、そこには見知らぬ男性の医師がいた。
以前、カーシャに他の医者もいるからと言われたのを思い出す。本当はカーシャさんに見てもらいたかったんだけどな……。と、佐知子は少し心の中で思った。
「はじめまして、アドルフといいます。患者をベッドの上へ」
医師は白人の線の細い男性だった。短い金色の髪をしている。
「息子さん、ベッドの上に置いてくださいだそうです」
佐知子は通訳をする。
「……言葉が通じないのですか?」
アドルフという医師が佐知子に問う。
「あ、はい! さっきスークで言葉が通じなくて、香草屋を薬屋と間違えて騒ぎになっていたので、私は……言葉がわかるので通訳して、病院にきました」
「……そうですか。では、引き続き通訳をお願いします」
アドルフという医師は少し不思議そうな、怪訝な顔をしたが、真剣な表情に戻る。
「はい!」
もごもごとうつむき加減に言葉を紡いでいた佐知子も顔を上げる。
医師は息子の衣類をはさみで切り、脈、熱を測り、聴診器を胸にあて、瞳を見たり、色々と診察をした。
「そうですね……肺炎は起こしていないようですし、斑点なども出ていませんし、疫病の恐れはないと思います。体力が著しく弱っているようなので、重度の風邪だと思います。ですが、念のため隔離病棟に入院していただきます。難民の方ですよね?」
「え?」
佐知子はそこで聞いたことはあるが、あまりよく知らない言葉を言われ聞き返す。
「え?」
アドルフは聞き返され片眉をあげた。
「あ、あの……すみません……難民って……どういう意味でしょうか……」
佐知子は恥を忍んで少しうつむきながら聞いた。
アドルフは少し驚いた表情をしながらも答えてくれた。
「……難民は、戦争や天災、迫害などで住む場所を奪われ、流浪している方々のことを言います。この村のほとんどの方が元難民の方ですよ」
少し呆れた感じにアドルフは、ふっと息を吐いた。
「あ……」
(難民ってそういう意味だったんだ……)
知らなかったことが恥ずかしくなり、佐知子はうつむく。
「ありがとうございます。多分、この方もそうだと思います。あ、一応確認しますね」
あせって佐知子が女性に聞こうとすると、
「いいです。身なりを見ればわかります」
アドルフは聴診器を首にかけた。
「とりあえず、息子さんの身体を綺麗にして、部屋に移動します。その間に……お母さんのほうも病院のハンムを使って身なりを整えてきてください。服などもこちらで用意しますから。看護婦が付き添いますので……病院に不衛生なままででいてもらっては困りますから」
アドルフは冷静な少し冷たい印象だった。
「あ、はい! わかりました! そう伝えます!」
それから佐知子は、今、話していたことを全てアフリカ系の女性に伝えた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
女性は両手をぎゅっと胸の前で握り、涙を流しながらアドルフに何度も何度も感謝の言葉を伝えた……言葉は通じていないけれども、アドルフにもそれは伝わっているようで、アドルフは何とも言えない……困ったような、同情のような……そんなほほえみを浮かべていた。




