6-2 安堵と別れ。
「その右腕の傷が原因か? 血が滲んでんなぁ……どれ見せてみろ」
男は大きな体を折り曲げてしゃがみ込み、ヨウの右腕の長袖をめくり佐知子の制服のスカーフとタオルを取った。
「うわっ……こりゃひでぇな……出血もまだ止まってねぇし医者に見せねぇと夜までもたねぇぞ」
「!」
その言葉に佐知子の手や背中に痺れのような強張りが走る。
「お願いします!! この子お医者さんに見せてあげてください! あ、でも、下の集落から逃げてきたから下の集落には戻れなくて……」
どうしよう……と、男に捲し立てた佐知子がぎゅっと両手を握って俯いていると、大柄な男は佐知子の頭にその大きな手をぽんぽんとのせた。
「心配すんな。俺達お抱えの医者がいるからそいつに診せる。それに下の集落の奴でそうそう俺たちに突っかかってくる奴ぁいねぇよ、安心しな」
そしてふっと笑った。
その笑顔は安心する優しい笑顔だった。
「……ありがとう……ございます」
佐知子は安堵感に涙が滲んだ。声も涙声だった。
それは野犬に襲われた恐怖感からの開放と、ヨウがちゃんと医者に見てもらえる事になった安堵と、初めてこの世界で頼れる大人に出会えたこと……沢山の事が重なって、思わず滲んだ涙だった……。
(異世界も……大変だ……)
佐知子はそう思いながら下を向き、あふれた涙を拭った。
『もう……いいかしらね……』
するとどこかから、透き通るような、けれどはっきりとした中性的な声がした。
佐知子は不思議に思いながら辺りを見渡す。
「ところで、嬢ちゃんは……」
大柄な男が再びヨウの腕にタオルを当て、スカーフをきつく巻き、ヨウを抱え立ち上がりながら佐知子に声をかけた時だった。
「!」
突然、佐知子の左腕につけていた腕輪の青い石から、またもや青い光がキラキラと輝きだし、水が溢れ出した。
「な! 何だ!?」
男は驚いて瞬時に距離を取る。
「え! え!?」
水はあっという間に渦を巻きながら佐知子を包んで行く。
「あ! ヨ、ヨウくん!!」
螺旋状に佐知子を包み、どんどん隙間を埋め視界を奪っていく青い水。
佐知子は隙間から見えるヨウに手を伸ばしかける。
訳が分からないまま佐知子はまた水に包まれた。
「おねえちゃん!!」
またもや目も開けない、息も出来ない、そんな水中で僅かにヨウの声が聞こえた。
そして水中の暗闇の中をしばらく、どの位だろう、佐知子は漂った。