【番外編】見守る君へ。
「お前、今回もそれ持ってきたのか?」
とある慌ただしい戦場の夜。布製の、綺麗な刺繍がほどこされた少し立派なイスに座りながら、そのゴツゴツとした大きな手に収まるくらいに綺麗に畳まれた、カピカピとした赤黒い布をじっと見つめていたヨウに、アフマドはイスの背もたれに寄りかかりながら背後から声をかけた。
「ああ……お前か……」
ヨウはその布を、刺繍がほどこされた綺麗な青い巾着にしまい、左胸にしまう。
「もうサチコちゃんがいるってのに」
アフマドは呆れながらため息を吐き、ヨウにリンゴを差し出す。
「……いるから持ってきたんだろ……」
そう言い返しながら、サンキュとヨウはリンゴを受け取る。
「ん~? どういう意味かな~?」
にやにやとしながらアフマドは顔を近づける。
「うるさい! 持ち場に戻れよ!」
リンゴを齧りながらヨウは眉間に皺を寄せた。
「残念! 俺は今、休憩中でした! で……サチコちゃんがいるからお守りは必要ってか。絶対生きて帰るために……」
「……うるさい」
気まずくて、ヨウはアフマドとは反対を向く。
アフマドはふっとほほえんだ。
「おわっ! なんだよ!」
急に頭を力いっぱい、ぐしゃぐしゃとかきまわされ、ヨウはその手を払いのけながら、アフマドを見る。
「よかったな、ようやくずっと会いたかった女神さまに会えて。帰ったら、告白しろよ。俺たちはいつ死ぬかわからないんだからな」
アフマドは人のことなのに、自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
「…………それができたら苦労しねぇよ……」
ヨウは頭をかきながら、うつむいてぽつりとつぶやく。
「ま、そうだな。まぁまぁ、がんばれよ。俺は気長に見守ってるから。おっと、休憩終わりかな」
そう言うとアフマドは、その場を去ろうとする。
「あ、」
しかし、歩き出して振り返った。
「せいぜい、他の男にとられないようになー!」
「うるせぇ! 早く行け!」
ヨウは怒鳴る。
手をひらひらと振ったアフマドの背中が遠ざかって行く……。
「っ!」
そこは見慣れた天井だった。
まだ夜明け前の、薄暗い自分の部屋の天井……。
(夢……じゃない、この間の戦の……時の……)
ヨウは上半身を起こす。頬に何かがつたった……。
「…………」
それは涙だった。
「っ……」
もうアフマドはもういない。
いなくなってどれくらい経つだろう。
なぜこんな夢を、いや、記憶を夢で見たのだろう……。
「っ……アフマド……」
ヨウは静かに一人ベッドで涙を流した……。
「あ! ヨウ、おはよう!」
いつもと変わらない笑顔のサチコに、ヨウは嬉しさを感じながらも、どこか悲しさを含んだほほえみを返した。
そして今日も、サチコと過ごす一日が始まる……。
すまないな、まだ告白はできないけれど……気長に……見守っててくれ……アフマド。