1 平凡な日常。
これは、ごく普通のひとりの少女が、たくさんのことを見て、聞いて、経験し……考え、行動し、とある世界を変えていく、長い長い物語である――。
第一章
1
(暑い中、よく走るなぁ……)
日本特有のまとわりつくような蒸し暑さと、じりじりと焼かれるような、八月の太陽に照らされる中、がむしゃらに走るサッカー部を窓から頬杖をつきながら眺めて、佐知子は心の中で呆れ気味に呟いた。
赤点の補習を蒸し暑い教室で……それでもまだ風を受ける窓際の席で受けていた高橋佐知子は、教師の声をぼんやりと聞きながら、手のひらに頬にあて時折にじみつたい落ちてくる汗を拭いながら窓の外を見ていた。
「…………」
ふわりと、心地よいと感じさせてくれる風が佐知子の頬を撫でた。
高校二年の夏。
佐知子は中間テストで赤点を取ってしまった。しかし、もう何度も取っているので慣れている。
毎日の高校生活も、テストも、赤点も、補習も、夏休みも、冬休みも……淡々とこなして、月日は流れていく……。
穏やかな日常……平凡な日常……慣れた日常……この先に何が待っているのだろう…………このまま月日が流れて、学年が上がり、大学生になり、社会人になるのだろうか……。
「はぁ……」
佐知子には漠然とした虚無感と、そこに行きたくない。今日の先に行きたくない。こんな毎日は嫌だ。という拒絶しかなかった。
終業のチャイムがなり、プリントを集める。
(これで今日は終わりか……)
佐知子はアップにしていたセミロングの黒髪を下ろす。開放感に心がほっとした。
「さっちゃーん、帰るー?」
「あ、うーん」
同じく赤点をとった友人、三上千花が声をかけてきたので、早々に下校することにした。
「あー! あっつい! あっついよー!」
「さっちゃん、うるさい」
炎天下の中、自転車を仲良く並べて歩道の端を走りながら、佐知子は少し大きめの声で蒸し暑さに叫ぶ。
ジリジリと焼きつけるような日差しに耐えて走っていると、佐知子は通りかかった少し大きな公園で、何か催し物が開催されていることに気がついた。
「今日、何かやってんのかな?」
「あー、フリマやってるっていってたよ。お母さんが」
「フリマかー……ねぇ」
「寄らないよ」
佐知子が千花に何か言おうとする前に、千花が言葉を遮った。
「ぐ……」
佐知子は顔を顰める。
「さっちゃん、また変なガラクタ買うんでしょ? この間もなんか変な鏡買ってたよね? なんなの?」
千花は怪訝な顔をして佐知子を見た。
「いや……その……」
(言えない……不思議な力が秘められてて、異世界とかに行けちゃったりとか……っていう展開を期待して色んな物買ってるなんていえない……漫画の読みすぎってバカにされる……)
佐知子は一人うなだれた。
「まぁ、行きたいなら一人で行ってきなよ。あたしはこれからバイトがあるから、じゃあね」
千花はそう言うと手を振り、自転車を漕いで行ってしまった。
「…………」
千花ちゃんは行ってしまったが……これは好機なのか……と、佐知子はわくわくと心を弾ませながらフリーマーケット会場へと急いだ。