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1-伝説の勇者

 未明から魔王城はものものしい雰囲気に包まれていた。

 高名な予言者からのお告げが出た、ということで幹部たちは大広間に召集された。

 壇上に禍々しいオーラを放つ魔王が立つ。

「集まったか。我が精鋭たちよ」

 彼はやや芝居がかった口調で言うと、重厚そうなマントをはためかせた。

 魔王といえば黒っぽいマントが定番だ、ということで衣装係に作らせたものだ。

 お値段なんと65,535ゴールド!

 かなり高価だが、これで箔が付くなら安いものだ。

「お前たちに集まってもらったのは他でもない。お告げについてだ」

 魔王は部下を呼びよせ、経緯を説明させた。

「先日、予言者オラクルからのお告げがありました。近日中に勇者が現れるとのことです」

 おお、と場がどよめく。

 魔物たちにとってはかつてない有事である。

「我ら魔王軍を脅かすといわれる勇者がついに――?」

「しかしここで勇者を葬り去れば、俺たちの世界支配は確実に……!」

 魔物たちの反応はさまざまだった。

 武勇に優れる者は伝説の勇者との戦いに心躍らせている。

 知略に長けた者はいかに戦わずして勇者を亡き者にするか、と今から策を練っている。

「聞いたであろう。いよいよこの時がきたのだ」

 魔王が言うと、広間の奥に隠しておいたスピーカーから雷鳴が(とどろ)いた。

「しかし、この予言には気になる点がある」

 彼はこほんと咳ばらいをひとつした。

「お告げによれば、”勇者が現れる”のだという。だが予言者は”勇者が誕生する”とは言っていない」

「た、たしかに……」

「時代は転移転生だ。昔のように、生まれた勇者が成長するまで人間どもが隠し通すのは古い。いつ勇者が現れるか分からぬ。準備を怠るな」

「ははっ!」

「古より勇者の出立は遠方の村と決まっている。旅立ちの村か、その周辺であろう。付近に弱い魔物を配置せよ。その他の采配は人事部に任せる」

「おおせのとおりに!」


 魔王軍が動き出した。

 屈強な魔物が大陸を行き交う。

 その陰で下級の魔物がせわしなく動き回っている。

 人々はただならぬ気配を感じた。

 いよいよ魔王軍が侵攻するのだ、人間を滅ぼす準備をしているのだ、と(ささや)き合う。



 そして数日後――。



「魔王様! お告げのとおり、勇者が現れました!」

 部下が血相を変えて駆け込んできた。

 予言が的中したことにひどく動揺している様子である。

「そうか、いよいよか……」

 魔王は全身の血が滾るのを感じた。

 魔の一族にとって勇者は天敵ともいえる存在である。

 生か死か?

 剣を、魔法を、どちらかが絶えるまで交えるのだ。

 彼は今から熾烈な戦の模様を思い描いていた。

「準備はできておろうな?」

「そ、それが……」

 部下の顔色は悪い。

 もともと青っぽい魔物なのだが、今日はいつもより青みが増しているようだった。

「問題が――」

「どうした? 何があった?」

 魔王は威厳を保ちつつ、しかし高圧的にならないよう語気に気をつけた。

 最近はパワハラだ、モラハラだとうるさくなっている。

 ここ魔王城も例外ではない。

 怒鳴りつけて労基に駆け込まれたら面倒なことになる。

「……勇者が現れたのはエノクの町だそうです」

「なんだと!?」

 途端、今度は魔王の顔色が変わった。

 怒り、驚き、焦燥の入り混じった複雑な想いがつり上がった目に浮かぶ。

「異世界から転移してきたようなのですが、さすがの予言者も出現位置までは読めなかったと――」

「バカな! エノクの町はここ魔王城の最寄り町だぞ!?」

「はい。それゆえ付近には我が軍最強クラスの魔物が配置についております」

 優秀な指導者の元には、優秀な部下が集まる。

 人事部の仕事ぶりは見事なものであった。

「それでは転移したばかりの勇者では歯が立たんではないか」

 ――が、今回はそれが裏目に出てしまった。

「緊急事態だ! 至急、幹部を集めよ!」



 ただちに各部署の責任者が集められた。

「旅立ちの村周辺の魔物をただちにエノクの町に呼び寄せよ。逆にエノク地方に待機している魔物は遠方へ」

「しかし魔王様、辞令を出して間がありません。魔物たちは転勤先で生活の基盤を整えたばかりです。彼らの経済的、精神的な負担を考えますと……」

「勇者がエノクの町に現われたのだ。こればかりはしかたがない。魔物たちには特別手当を出す。それで納得してもらうしかないぞ」

「……分かりました。人事はそれでいいとして魔王城はどうしますか? ここからエノクの町まではおよそ60km……近すぎます」

「分かっておる。魔王城は移転する。場所は旅立ちの村近くだ。総務部は至急、不動産業者に問い合わせてくれ」

「無茶ですよ! そのような都合のよい物件など見つかりませんよ」

「なら土地を買えばいい。旅立ちの村周辺は開発が進んでおらぬゆえ、広大な土地が余っておろう。土地を買い、魔王城の建設にかかるのだ」

「あの、予算は……?」

「ここを売却して充てる。査定額はそれなりになるハズだ」

「まだ問題が――」

「なんだ?」

「エノクは終盤の町。店で扱っている商品は高額なものばかりです。宿代にしても同じです。転移したばかりの勇者の財政状態では――」

「商店組合に取扱商品の見直しを求めるしかあるまい。プライドの高い連中がこん棒などの安価な武具を並べてくれるかどうか……」

「本来の儲けとの差額については助成金を出す、ということでどうでしょうか? 彼らも商人、プライドより金をとりましょう」

「うむ、うむ……そうしよう。だがこちらはお願いする立場だ。菓子折りを持っていけ。くれぐれも丁重にな」


 再び魔王軍が動き出した。

 屈強な魔物が大陸を行き交う。

 その陰で下級の魔物がせわしなく動き回っている。

 人々はただならぬ気配を感じた。

 いよいよ魔王軍が侵攻するのだ、人間を滅ぼす準備をしているのだ、と囁き合う。

 しかし今度は不安ばかりではない。

 勇者が現れた、という噂が広まっているのだ。


 ――世界が闇に包まれるその時、光が生まれる――


 ありきたりな言い伝えである。

 だが彼らはそれにすがろうとした。

 伝説の勇者が魔王を倒す、という言い伝えに……。


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