切り札(3)
舞泉さんの「切り札」の効果は絶大だった。
布瀬川校長の表情には、先ほどまでの余裕はなく、目が泳いでいる。
「……舞泉君、君は、死体が校舎のどこにあるのか知っているんだね?」
「もちろん」
ちなみに、と舞泉さんが付け加える。
「死体がどこにあるのかを知っているのは、我のみだ。シモベ君は一切知らぬ」
僕は思わず声を上げそうになる。
舞泉さんが、はじめて明白な嘘をついたのだ。
実際には、僕も、死体がどこにあるかを知っている。当然だ。死体を掘り返したのは僕なのだから。
とはいえ、この舞泉さんの嘘には、明確な意図がある。
死体の場所を知っているのが舞泉さんのみである以上、布瀬川校長は、舞泉さんを殺すことができない。
この舞泉さんの嘘によって、舞泉さんの自衛は成功し、他方、布瀬川校長は打つ手が無くなる。
チェックメイトである。
「……舞泉君、大人しく死体の場所を教えるんだ。そうしないと、君を殺す」
「殺せるものなら殺してみたまえ」
舞泉さんは平然と言う。
他方、布瀬川校長がナイフを持つ手はプルプルと震えている。
「悪魔、そろそろ年貢の納め時だ。ナイフを置け」
「クソ……生意気なガキめ……」
勝負はもうついている――はずだった。
しかし、「悪魔」は、またもや高らかに笑ったのだ。
「アハハハハ。どうやら調教の必要がありそうだな」
調教? この「悪魔」は一体何を言っているのか?
「舞泉君、私は今からこの場で君を犯す。そうすれば、その高い鼻もへし折れ、少しは『お利口』になるだろう」
なんて下劣なんだ――
「悪魔、言っておくが、そんなことをしても、私は心は支配できぬぞ」
「最悪それでも構わないさ。どうせ牢屋に入るんだったら、最後に私はとびきりの快楽を味わいたい。同時に、君らに絶望を味わわせたいんだ」
「クズめ……うっ……」
布瀬川校長が左手で、舞泉さんのブレザーを乱暴に掴む。
そのまま強く引っ張り上げる。
パチンとボタンが弾け、オリーブグリーンのブレザーがはだける。
舞泉さんの上半身が、普段は見せることのない白いワイシャツ姿となる。
「校長、やめてください!」
見ていられずに、僕は叫ぶ。
しかし、それは「悪魔」にさらに興を与えるだけだった。
「アハハハハ。カレシが見てる前で犯されるのは、さぞ屈辱的だろう。最高のエンターテイメントだな。アハハハハ」
どこまでも卑劣である。
布瀬川校長の手が、今度は舞泉さんのワイシャツの襟にソロリと伸びる。
この憎たらしい「悪魔」を何とかして止めなければ――
その時、僕の視界に、ある物が映り込んだ。
窓の向こう、月明かりの下に見えるあれは――
僕は思わず声に出してしまう。
「証拠?」
布瀬川校長が聞き返す。
「志茂部君、証拠とは何だ? 死体以外にまだ何か証拠があるのか?」
舞泉さんのワイシャツを破ろうとしていた布瀬川校長の手が止まる。
幸運にも、若干の時間稼ぎができている。
布瀬川校長だけでなく、舞泉さんも、背後にある窓の景色は見えていない。
僕だけに見えているものを、舞泉さんを救うためにどう活用するのか――
それは、舞泉さんの助けを借りず、僕が考えなければならない。
そして、僕には、1つアイデアが浮かんでいた。
それが果たして勝利の方程式なのかは分からない。不確定要素もある。
しかし、僕の足りない頭だと、瞬時にはこれ以上のアイデアは出てこないだろう。
あまりにも時間がない。このアイデアに賭けるしかない――
「……校長、舞泉さんは嘘をついています」
僕がそう言うと、予想したとおり、舞泉さんが噛み付いてくる。
「シモベ君、何を言っているんだ!? まさか、悪魔にひれ伏す気か!?」
違う。僕は――
「校長、死体の場所を知っているのは舞泉さんだけではありません」
「シモベ君!! 正気になれ!!」
僕はただ――
「死体の場所は、僕も知っています」
「シモベ君!!」
――僕はただ、舞泉さんを守りたいだけなんだ。




