切り札(1)
舞泉さんの推理によって、僕らが追い求めていた事件の真相は、ほとんどすべて明かされたように思う。
しかし、舞泉さんは、話を止めなかった。
「それでは、悪魔の『最後のターゲット』について話をしよう」
「最後のターゲット?」
まさか布瀬川校長は、水城先輩があんな形で亡くなってしまった後に、すかさず次の女学生徒を狙ったということなのか。
布瀬川校長の欲望は、飽くることを知らないのだろうか。
「悪魔が最後に狙った女学生徒――それは我だ」
「え!? 嘘でしょ!?」
舞泉さんが布瀬川校長に狙われていただなんて、僕は微塵も気付いていなかった。
舞泉さんを守ることが僕の「使命」であるはずなのに。
僕が呆気に取られていると、その様子を見て、不思議なことに、舞泉さんも唖然としている。
「……え? シモベ君、嘘だろう? 我はてっきり、シモベ君は、我が悪魔に狙われていることにとっくに気付いているものだと……」
「全然気付いてなかったんだけど……」
申し訳ないことに、僕には舞泉さんのようにキレる頭もなければ、第六感もないのである。
僕は、下僕としても、舞泉さんの求める水準には到底達していないのだ。
「……まあ、良い。話を続けよう。時雨の落書きを見た我は、シモベ君とともに、校庭の死体を捜索していた。その最中、テニスコートの傍に穴を開けたことが、悪魔にバレ、校長室にお呼ばれすることになってしまったのだ」
「校長室に呼ばれる」ということの意味についての認識は、今晩で大幅に変わっている。
「悪魔は、あろうことか、我に対しても色欲を抱いた」
舞泉さんはとびきりの美少女である。そういう目で見ることもやむを得ないと思う。
というか、僕だって、舞泉さんには、色欲を抱いている。
そのことが舞泉さん的にNGだということは、先ほど舞泉さんが、恋愛すら悪だと切り捨てたことから分かっている。
「ゆえに、校長室で我と2人きりになる機会を作るべく、時雨が亡くなった直後に、我のみを校長室に呼び出したのだ」
舞泉さんの「先約」が気になって、僕が舞泉さんを尾行した時のことだ。
「しかし、なぜかシモベ君が校長室についてきたので、結局、悪魔は何もできずに、短時間で我を解放した」
たしかにあの校長室での面談は、拍子抜けするくらいに短時間で終わった。それは、「目的」が果たせないと分かった布瀬川校長が、早めに面談を切り上げた結果だったのだ。
「とはいえ、悪魔は、我を諦めたわけではなかった。我に3度目の呼び出しをかけたのだ」
――それは知らなかった。
「それが今日の朝のことだ。放課後に来るように、とのことだった。我は、放課後に校長室に向かったが、危険を回避するため、校長室には入らず、入り口付近で悪魔とやりとりをした」
校長室には入らなかった、と聞き、僕は安堵する。
「そこで、我は、今日は忙しいものの、夜遅くならば校長室で面談に応じられる、と告げた。普通の校長先生は、夜遅くに面談など行わないものだが、悪魔は違う。夜遅くに女学生徒と『密会』することが喜びだからな」
布瀬川校長は、舞泉さんのことも、「飛んで火に入る夏の虫」だと思ったことだろう。
「悪魔は、我が校長室に訪れるのを今か今かと心を躍らせて待っていたのだろう」
「……舞泉君、よく分かってるではないか。君ならば、時雨を失ってしまった心の穴を埋めてくれるだろう、と思ってたんだ」
布瀬川校長があっけらかんと言う。
水城先輩の身体を切り裂いておきながら、よくそんな台詞が言えるものだ、と僕は思う。
「そして、我は、ちゃんと約束どおり、夜遅く、校長室に現れたのだ。ただし、秘密のエレベーターを使ってな」
「目上の人がいる部屋に訪問するときは、まずドアをノックすると習わなかったのかい?」
「お前は人ではない」
「相変わらず辛辣だなあ」
舞泉さんが、「悪魔を召喚する」と言って、円形校舎の地下に消えて行った場面の話だろう。
「我は、秘密のエレベーターへと、悪魔を手招きした」
あの時、舞泉さんは、「生贄に近い」と話していたが、その意味も今なら分かる。
舞泉さんは、自らを「餌」として、悪魔を円形校舎へと誘ったのだ。
「そして、今、この場面に至るというわけだな。我の話は以上だ」




