召喚(1)
ついに僕らは、円形校舎の中に足を踏み入れた。
真っ暗で何も見えなかったが、僕よりは幾分か夜目がきくのか、舞泉さんが壁にある照明のスイッチを見つけ、オンにする。
白熱電球に照らされた室内は、極めてシンプルなものである。
あるのは、2階へと続く螺旋階段と、丸机、それから埃を被った本棚と、段ボール箱がいくつか。
それから――
「……あれ? 舞泉さん、この穴は何?」
部屋の中央に置かれた丸机の隣に、人が入るほどの大きさの穴が開いているのである。
「シモベ君、それは秘密の階段だ」
言われてみると、たしかに穴の中に階段のステップが見える。
「円形校舎に、地下室なんてあったけ?」
たしかYouTubeの動画でも、地下室の存在については触れられていなかったはずだ。
「元々はなかったものだが、廃墟になった後、新たに付けられたのだ」
廃墟になった後に新たに付けられるとは、一体どういうことなのか。常識的に考えれば、そんな無意味なことは行われないはずだ。
もっとも、この円形校舎という空間には、常識など通用しないのだ。
僕はそのことに薄々気付いていた。
「我はこれから秘密の階段で地下へと行く」
「……地下に悪魔がいるの?」
「おらぬ」
「……え? じゃあ、悪魔はどこにいるの?」
円形校舎の2階から6階は明かりが消えている。
無論、僕と舞泉が今いる1階には、悪魔などいない、と思う。少なくとも、それが可視的なものである限りは。
「シモベ君、召喚するのだよ」
「召喚?」
「呼び寄せるのだ」
呼び寄せるとは、一体どのようにするのだろうか。全くイメージが湧かない。
「まさか生贄を捧げるとかではないよね……?」
「生贄……そうだな」
舞泉さんは、フッと笑う。
「それに近いかもしれぬな」
「え!?」
「大丈夫だ。心配は要らぬ」
なぜ心配が要らないのだろうか。
生贄ということは、僕か舞泉さんが死ぬということにならないのか。
「とにかく、我が地下に行き、悪魔を召喚してくる。シモベ君は、この階で待っていてくれ」
「え!? 舞泉さんが1人で悪魔を召喚するの?」
「ああ」
まさか舞泉さんが生贄になるということなのだろうか。舞泉さんのような美少女は生贄に相応しいのかもしれないが……
「心配だから、僕も地下に行くよ」
「ダメだ。シモベ君には、もっと重要な役割があるのだ」
舞泉さんは、ブレザーの内ポケットから、祥子さんからもらった銀色の手錠を取り出す。
そして、それを僕に手渡す。
舞泉さんの体温でほんのり温まったそれは、見た目以上に重くて、しっかりしたものだった。
「シモベ君は、これで悪魔を拿捕するのだ」
たしかにそれは重要な役割かもしれない。
ただ――
「それは地下ではできないの?」
「できなくはないが、ここの方が都合が良いだろう。隠れる場所があるからな」
舞泉さんは、螺旋階段の下のスペースを指差す。
「シモベ君、ここで隠れて待ってくれ」
「……何のために隠れるの?」
「もちろん、悪魔に不意打ちをするためだ」
悪魔から身を隠し、悪魔が油断した隙を見つけ、手錠を掛けなければいけないということらしい。
僕の役目は、先ほど想像したよりもさらに重要なようである。
「上手くいくのかな……」
「シモベ君、自信を持て。我々には、万が一のときの『切り札』もあるのだ」
「『切り札』?」
「校庭で見つけた死体だ」
校庭で見つけた死体――澪葉さんが産み落としたものの、すぐに亡くなってしまった未熟児の死体――本当にそれが「切り札」などになるのだろうか。
「……というか、舞泉さん、本当に1人で地下に行って大丈夫なの?」
「心配は要らぬ。そこは我に任せておけ」
「……召喚って、具体的にはどうやってやるの?」
「悪魔を呼び出すだけだ」
「具体的には?」
「その場で考える」
やはり心配である。本当に舞泉さんを地下に行かせて良いのだろうか。
しかし、舞泉さんは、相変わらずの行動力で、すでに秘密の階段に足を踏み入れていた。
「舞泉さん、待って」
「待たぬ」
舞泉さんはどんどん階段を下っていく。
舞泉さんの脚が見えなくなり、スカートも見えなくなり、背中もほとんど見えなくなる。
「ねえ! 舞泉さん!」
「あっ!」
舞泉さんのポニーテールが靡き、舞泉さんの顔が僕の方を向く。
「シモベ君、我が戻ってくるまでに1階の電気は消しておいてくれ。闇に乗じた方が良いだろう」
「でも、真っ暗だと僕も何も見えないんだけど……」
「窓のカーテンでも開けておけ。月明かりくらいは入ってくるだろう」
「そんな、月明かりごときじゃ……ちょっと、舞泉さん、待ってよ!」
舞泉さんの姿はあっという間に見えなくなった。




