円(3)
舞泉さんの披露した推理――水城先輩の死の真相は、あまりにも衝撃的なものであった。
水城先輩の性格を考えると、無我夢中で「幽霊」から逃げ出し、そのまま窓から飛び降りてしまう、ということはあり得るのかもしれない。
しかし、本当にそうだろうか。
今の舞泉さんの話には、説明が欠けている部分があまりにも多いのではないか。
たとえば――
「舞泉さんのその推理だと、水城先輩は転落死した、ということになるよね?」
「そのとおりだ。ゆえに、警察も学校も、殺人ではなく、『不審死』として処理したのだ」
たしかに転落死であれば、自殺の可能性が疑われるので、死者の名誉のためにも、大ごとにはされない傾向がある。
1日の臨時休校の後で、まるで水城先輩の死などなかったかのように扱われたのは、そのためだったのか。
しかし、問題はそこではない。
「舞泉さん、水城先輩のお腹は引き裂かれ、内臓が奪われていたんだよね?」
「ああ」
「それって矛盾しないかな?」
水城先輩の死体は、たとえばナイフなどの刃物を使い、意図的に切り裂かれていたのである。
舞泉さんが説明したような、いわば偶発的な転落死では、死体の状態はこのようにはならない。
しかし、舞泉さんは、「矛盾などない」と言う。
「簡単な話だよ。シモベ君。時雨の直接の死因は転落死で、腹を割かれ、内臓を抜かれたのは、死んだ後の話なのだ」
それは舞泉さんが言うほど「簡単な話」ではないように思える。
たしかに、その順序で事が起こったのだとすれば、客観的な「矛盾」はないのかもしれない。
しかし、そんなの、あまりにも不可解である。
偶発的な事故死を奇貨として、死体から内臓を抜き取るだなんて、その動機を一体どう整合的に説明すれば良いのだろうか?
「……ねえ、美都ちゃんと志茂部君」
澪葉さんは、なぜだか焦った様子である。
「さっきから、何の話をしてるの? お腹を引き裂かれたとか、内臓を抜かれたとか……」
……え?
澪葉さんの方こそ、一体何の話をしているのだろうか?
水城先輩を殺した、と「自白」しながらも、自らの行いを覚えていないとでもいうのか。
「澪葉さん、覚えてないの?」
「覚えてるも何も、私はそんなことやってないんだけど」
やってない――まさか、澪葉さんには「別の人格」があって、死んだ水城先輩から内臓を抜き取ったのは、その「別の人格」だとでもいうのか。
「澪葉は知らなかったのだろう。転落死の後、時雨の腹を裂かれ、内臓を抜き取られたことを」
「知らないよ、そんなの……一体どういうことなの?」
「それは澪葉の仕業ではない。それは――」
「悪魔の仕業なのだ」と舞泉さんは言い放った。
その言葉に、僕は動揺する。
「舞泉さん、『悪魔の仕業』って一体……」
「シモベ君、その話は後だ」
それよりも、と舞泉さんは続ける。
「先に明らかにしなければならないのは、時雨の命を奪ったのは、澪葉ではない、ということだ」
悪魔が内臓を抜き取った、という発言に動揺しているのは、僕だけではない。澪葉さんもそうだし、貴矢も石月さんも腑に落ちない顔をしている。
しかし、今この場を支配しているのは、舞泉さんである。
場の進行は、舞泉さんに全て委ねるほかない。
「まず、澪葉を『幽霊』だと勘違いした時雨が、恐怖のあまり6階まで逃げ、窓から飛び降りた、という我の推理は合っているよな? 澪葉」
「……うん。そうだよ。時雨は、悲鳴を上げて、階段を駆け上がって行った。私が追いかけて6階に辿り着いた時には、もう時雨の姿は円形校舎内になくて、今、ちょうどあなたたちがいるところに、時雨が倒れてたの」
「そして、それは、自分が招いたことだと、澪葉は考えているのだな?」
「……ええ。もちろん。だって、私が3階から4階へと階段を上がってきたから、時雨は上の階へ逃げたの。そして、6階で逃げ場を失って、やむなく窓から飛び降りた」
「ゆえに、澪葉が時雨を殺したのだと」
「そうよ」
それは、僕には偶発的な転落死のように思える。
水城先輩の性格や、「円形校舎の幽霊」の怪談、現在の澪葉さんの容姿などが最悪な方向で組み合わさった結果、このような悲劇が起きてしまったのだと。
しかし、水城先輩の死に対して、澪葉さんが「私が殺した」と後悔する気持ちも分かる。
澪葉さんが現れさえしなければ、水城先輩の身には何も起きなかったのだ。
引き金は、澪葉さんの登場だった、とはいえそうである。
「美都ちゃん、私が殺したんじゃなければ、誰が時雨を殺したとでも言うの? まさか、悪魔とやらが殺したとでも言うの?」
「違う。最初に言っただろう。時雨を殺したのは、この奇妙な形の円形校舎だ」
「……どういうこと?」
「時雨が6階まで逃げたのは、澪葉への恐怖心から我を失ったからだろう。しかし、時雨が窓から飛び降りたのは、我を失ったからではない。円形校舎の構造に騙されたからなのだ」




