偽装(2)
ドローンに吊り下げられたスクリーンの映像――それによって「目撃者」を作り上げたということなのか。
「澪葉は、あらかじめ、制服を着て、自らが崖に飛び込む動画を作成した。澪葉、そうだな?」
「ええ。美都ちゃんの言うとおりよ。前日の夜に撮影したの」
「もちろん、それは、本物の崖から飛び込んだ姿を映したものではない。おそらく、現場の崖の付近の、もっと低いところにある小さな崖を使ったのだろう」
「それもそのとおり。もっと浜辺に近い、2mくらいの高さの『崖』から、下の砂浜に向けてジャンプするだけの動画だった」
「それをプロジェクターを使って、スクリーンで上映したのだな」
「ええ」
「ちょっと待って!」
2人が止めどなくやりとりをするのを、鈍感な僕が堰き止める。
「プロジェクターでスクリーンに映すって簡単に言うけど、一体どうやって!? 場所は崖なんだよ!?」
石月家の別邸や、海の家などの屋外とはだいぶ環境が違う。一体どこにスクリーンがあり、一体どこにプロジェクターがあったというのか。
「シモベ君、現場の崖に行っただろう? 形状を思い出してくれ」
僕は、舞泉さんに言われたとおり、崖の様子を思い出す。
「スクリーンを吊り下げたドローンを、崖の先端よりも少し先の中空に配置する。そして、プロジェクターは、崖の下の岩場だ」
「こうすれば、プロジェクターも、プロジェクターから出る光の筋も、目撃者からは見えぬ」
「それだとたしかにプロジェクターの存在は隠せるかもしれないけど、スクリーンは崖の上から離れて、宙を浮いているわけだよね? それはバレないのかな?」
「大丈夫だ。あたりは暗く、数十m離れた位置にいた目撃者から見れば、崖の先端がどこかだなんて分からない。スクリーンがある場所が崖の先端であると見せかけられるのだ」
たしか、道路から崖の先端までは70mほどの距離があったはずだ。
「澪葉さんは、誰か人が前を通るのを待ってから、映像の上映を始めたんだよね?」
「左様」
「澪葉さんがプロジェクターのある崖下の岩場にいたのだとすれば、どうやって崖に人がいるかどうかを知ることができたの?」
「ドローンだ。ドローンに暗視カメラを付けていれば、ドローンが崖の上の様子を教えてくれる」
ドローンとカメラの組み合わせは、実際に祥子さんも活用しまくっていた。
「そして、『自殺シーン』の上映が終わり、目撃者が近付いて来る前に、ドローンを空高くに飛ばし、逃げ仰たのだ」
たしか祥子さんも、ドローンにスクリーンを吊り下げて飛ぶことは可能だと言っていた。
そして、思い返してみると、澪葉さんも、祥子さんのドローンと山登りをした際に、せめてドローンにスクリーンを付けて祥子さんの映像を見たい、と漏らしていたのだ。
澪葉さんには、ドローンにスクリーンを吊り下げるというアイデアがあった。そのアイデアを「入水自殺」の場面で実践したのである。
澪葉さんが用いたトリックについては理解できた。しかし――
「舞泉さん、どうして澪葉さんがドローンとスクリーンを使ったって分かったの?」
舞泉さんが真相に辿り着けた理由が分からないのである。これまで僕らが得た情報の中に、何らかのヒントがあっただろうか。
「シモベ君、記事の矛盾について話しただろ?」
記事の矛盾というと、たしか――
「会社員Bが、逆光で見えないはずの澪葉さんの顔が見えたという矛盾だよね?」
「そのとおりだ。要するに、会社員Bからすると、道路側には光源はなかったはずなのに、澪葉の背後の空も、澪葉の顔も、両方ハッキリと見えたということなのだ」
なるほど。「あたりには明かりはないものの、海を挟んだ向こう岸の灯台の光か、もしくは夜間航行をしていた船の光に背後から照らされ、澪葉の顔はハッキリ見えた」という記事の記載は、舞泉さんの指摘したとおりの状況を示しているように思える。
「これは、すなわち、澪葉の背後に光源があり、さらに、澪葉自身も光源である、という場合なのだ。そうすると、それは映像だ、ということになるだろう」
「まあ、実際にはスクリーン自体は光源ではなく、プロジェクターの光を反射しているだけなのだがな」と、舞泉さんは補足する。
舞泉さんの推理は見事である。
僕とは頭の使い方が根本から違うようだ。
「あと、舞泉さん、『もう1つの矛盾』はどう説明するの?」
「『もう1つの矛盾』?」
「飛び降りる直前、澪葉さんがニコッと微笑んだことだよ」
それは、逆光の矛盾と同じくらい、いや、それ以上に僕にとっては大きな「矛盾」であった。
実際には澪葉さんは飛び降りておらず、単なる「演技」だったと分かったのだが、そうだとしても、振り返って顔を見せる必要はあったのだろうが、わざわざニコッと笑う必要はないだろう。
「シモベ君、そのあたりは我には分からぬ。本人に訊いてくれ」
たしかにそれが良いだろう。
「……澪葉さん、どうなんですか? なぜわざわざ笑ったのですか?」
「あの笑顔は、私の両親に向けたメッセージなの」
「……ご両親へのメッセージ?」
「そう。娘が突然自殺しちゃったら、親は、普通、自分たちを責めるでしょ。自分たちのせいで、自分たちが気付かないうちに、娘を追い詰めてしまったんじゃないかって」
たしかにそうだろう。原因に心当たりがあろうかなかろうが、両親は、十字架を背負い、一生苦悩するに違いない。
「多少の衝突はあったけど、私は、両親には少しも恨みはなかった。むしろ、大事に育ててくれたことを心から感謝していた」
だから、と澪葉さんは続ける。
「両親に、最期まで私は幸せだったよ、って伝えたかったの。目撃者を通じてね」
澪葉さんは苦笑する。
「甘えといえば甘えだし、中途半端といえば本当に中途半端だったかもしれない。私は、両親を苦しめる選択をしておきながら、両親を苦しめたくなかったの。ただのバカだよね」
僕は、澪葉さんのことをバカだなんて思わない。
澪葉さんは、底無しに心優しい人なのだ。
お腹の子を殺したくはないし、両親にも不幸になってほしくない。
その二律背反した願望を前に、やむにやまれずに採った手段が、あの笑顔だったのだ。
執筆の最大の敵は酒だと分かりました。
月内完結を目指して、今日の21時までは禁酒します。。




