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友達(1)

「シモベ君、今日の放課後、図書室に来てくれ。相談したいことがあるのだ」


 舞泉さんが、校門前で僕を待ち伏せしていたのは、このことを伝えるためだった。


 昨日初めて言葉を交わした2人であったが、互いに、互いがどのクラスだかは知らないままだった。


 僕らの高校には、1学年に550人も生徒がいて、クラスはA組からR組まで18クラスもある。僕に確実に会える方法が校門前での待ち伏せだったということだろう。



 結局昨日は、作ったばかりの舞泉さんとの縁を切ってしまうことこそしなかったものの、舞泉さんと積極的にコミュニケーションを取ることもなかった。


 明確に意識してしまった恋心と、奇天烈な舞泉さんの内面に目を回してしまった僕は、すぐに舞泉さんと別れたのだ。


 「トイレに行く」と嘘をつくことはなかったが、「これからすぐに用事がある」と嘘をついた。


 無論、「これからすぐに用事がある」人間が、いきなり知らない異性に声を掛けるなんて悠長なことをするはずはない。我ながら滑稽な嘘である。ただ、それくらいに、昨日の僕は頭が回っていなかった。



 席を立った僕は、ほとんど逃げるようにして、舞泉さんの視界から外れた。


 ゆえに、舞泉さんには「バイバイ」と手を振りこそはしたものの、舞泉さんが手を振り返してくれたかの確認すらしていない。


 ましてや、「またね」と再会の約束をすることなどなかった。



 そんなわけで、舞泉さんの校門前での待ち伏せ、そして、「図書室に来てくれ」というメッセージにはとても大きな意味があった。


 舞泉さんは、少なくとも、僕のことを嫌っていないらしい。


 そして、僕にまた会いたいと思ってくれているのだ。


 今までは、放課後に予定がないときには必ず図書室に行っていた僕だったが、実のところ、今日もまた図書室に行くかについては、今朝まで悩んでいた。


 昨日、舞泉さんに話し掛けたことによって、舞泉さんの中での僕の立ち位置は大きく変わってしまっている。

 これまでは、「図書室で見かける人」もしくは「全く知らない人」だっただろう。


 しかし、今や、少なくとも「知ってる人」である。


 僕から見ても、僕の立場は、もはや単なる「傍観者」ではなくなった。舞泉さんにハッキリと認識されてしまったのだから。


 ゆえに、僕がこのまま図書室通いを続けて良いのかは悩みどころだった。


 もしかすると、舞泉さんは、僕のことを一種の「ストーカー」だと思うかもしれない。

 舞泉さんの言うところの「下賤の者」とみなされるかもしれない。


 そうだとすると、僕が図書室に行くことは、紛れもない「迷惑行為」である。



 ゆえに、校門前で名前を呼ばれたことはドキッとしたし、アホな貴矢のせいで修羅場めいたものの、舞泉さんの行動力には感謝をしていた。



 他方で、舞泉さんの『不思議な世界観』と、今後も付き合い続けなければならないが確定したわけでもあるが。




「相談したいことがあるのだ」


 舞泉さんの「相談」とは一体何だろうか。


 1週間の中でも最も退屈な木曜日の授業を受けながら、僕は色々と想像をしていた。


 舞泉さんに何かしらの悩みがあるということだろうか。


 良くも悪くも、恋の悩み、ということはないような気がする。


 なんというか、その魅力的な外見とは裏腹に、舞泉さんには、思春期の女の子という感じは一切しない。


 「我」という古めかしい一人称のせいかもしれないが、それだけでもないだろう。もっと根源的な部分の問題だ。


 そうだとすると、舞泉さんが「相談」したいことは一体何だろうか。


 想像はアレコレ膨らむが、おそらくどれも見当違いだろう。


 人の心の中など他人には分からず、ましてや、あの舞泉さんが何を考えているかだなんて、人智が及ぶものではない。


 僕にできる唯一の心の準備は、何を言われても驚かない、ということくらいだろう。




 1限数学A、2限古典、3限英語、4限物理という、舞泉さんのことを考えていない限りは思わず意識が飛びそうになる時間割。


 それをこなし、昼休みになった。



「遼、飯に行こうぜ」


 貴矢が、僕の机の方まで来て、手招きをする。


 正直に言うと、今日に関してはあまり気は進まなかったが、毎日のルーティンなので仕方がない。



「了解」


 僕は、貴矢の後について行った。



 僕らが通う千翔せんしょう高校は、私立の進学校であり、歴史は古いものの、ハイテクで新しい施設がなかなかに揃っている。図書室もその1つだ。



 他方で、学食だけはイマイチである。


 昔は、創業者がこの高校の出身だということで、某有名チェーン店のうどんが格安で提供されていたそうだが、僕らが入学する前々年にそれも撤退してしまった。


 残っているのは、だだっ広いスペースに並べ慣れた長机と椅子、そして、パンとおにぎりの販売だけである。



 そのため、学食を使う生徒は少なく、いつもガラガラだった。

 多くの生徒は、親に弁当を作ってもらうか、学校に来るまでの道のりで何かを買ってきて、教室や部室で食べていたのだ。


 僕と貴矢は、それに目をつけていた。


 学食を「穴場」だと考え、毎日利用していたのである。


 売っているパンとおにぎりは、特段美味しいわけではないが、決してマズいわけではない。

 高校生男子にとって、味は最低限整っていれば十分で、腹に溜まればそれで良いのである。



 いつもどおり列に並ぶこともなく、僕は、焼きそばパンとクリームパンとパックの牛乳を入手する。


 学食の中央あたりにある6人掛けのテーブルを2人で占領するやいなや、貴矢は、僕に、予想したとおりの話を振る。



「おい。遼、今朝の美少女は何者だ?」


 舞泉さんのことは、色々な意味で貴矢には話したくなかった。

 そのズバ抜けたルックスから、貴矢の恋愛対象にされることはもちろん嫌だったし、かといって、独創的なキャラクターを見抜かれて、貴矢に侮られることも嫌だったのである。



「答えてくれよ。あの子の名前は? クラスと学年は? 教えてくれよ。親友だろ?」


 どこまでも煙たい奴である。



「貴矢、石月さんと結婚するんじゃなかったのか?」


「……そ、それは……」


 どうやら効果的なカウンターパンチだったようだ。貴矢は黙り込んでしまう。



「貴矢、君はもっと一途になった方が良いよ」


「それはそうなんだが……」


 もっと言うと、貴矢は、もう少し乙女心に敏感にならねばなるまい。


 今朝、舞泉さんに何を言われていたのか覚えていないのだろうか。


 「下賤の者」と言われていたじゃないか。


 「下賤」という言葉の意味は正確には分からないけれども、ものすごくネガティブな意味の言葉だということは間違いない。



「遼、勘違いしないでくれ。別に俺は、校門にいた美少女を狙っているわけじゃないんだ。ただ、遼の恋路をサポートするために、最低限の情報を得たいだけなんだ」


「余計なお世話だよ」


 完全な「口八丁」である。

 そういえば、梓沙の反対討論の中にも「口八丁」との指摘があった。



 僕は、焼きそばパンを頬張りながら言う。



「とにかく貴矢はしばらくは石月さんに集中すること。梓沙のときと同じ過ちは繰り返しちゃダメだからね。良いね」


「今、私の名前を呼びましたか?」



……え?



 僕と貴矢が声のした方を一斉に振り返ると、そこには石月さんがいた。




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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのご本人登場っすか(;゜Д゜) 修羅場の予感なのです(;゜Д゜)
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