手錠(2)
キンコンカンコーン――
今日最後のチャイムが鳴る。
部活動の終了時刻を告げる、19時のチャイムだ。
すでに部活を抜け出し、この学校に居残ることを決めている僕には関係のないチャイム。
チャイムの音を聞きながら、僕はまた考える。
先ほどの間抜けな質問では、僕が知りたかった、悪魔退治後の僕と舞泉さんとの関係については、少しも知ることができなかった。
「舞泉さん、悪魔退治が終わっても、これまでどおり僕と会ってくるの?」
と素直に訊ければ良いのだが、そんな勇気はない。
せめて「舞泉さん、悪魔退治が終わったら、打ち上げでご飯にでも行こうよ」と誘えれば、次に繋ぐことはできる。
――ただ、断られたらどうしよう。
僕は結局、またしても遠回りな質問を選択してしまった。
「舞泉さん、悪魔退治が終わったら、貴矢や石月さんとの関係はどうするの?」
我ながら、姑息である。
貴矢と石月さんを利用して、舞泉さんの中での僕の立ち位置を把握しようとしているのだ。
貴矢と石月さんが舞泉さんの「戦力外」になるかどうか。
とりわけ貴矢が捨てられなければ、僕も当然に捨てられない……と思う。
「関係と言われても……貴矢や小百合は我の友達だからな」
舞泉さんは、「友達」とハッキリ言った。
「じゃあ、悪魔退治が終わっても、関係は続くんだね? 友達関係は?」
「もちろんそうだ」
即答した後で、舞泉さんは、眉を顰める。
「シモベ君、なんでそんな当たり前のことを訊くのだ?」
僕にとっての「当たり前」と、舞泉さんにとっての「当たり前」が一致していない可能性があるから、と正直に答えるべきだろうか――
僕が悩んでいると、舞泉さんは、僕の気持ちを忖度したわけではないだろうが、僕が訊きたかった質問の答えを先んじて言ってくれた。
「ちなみに、言うまでもないが、悪魔退治が終わっても、シモベ君との関係は続くぞ」
やった! 舞泉さんにとって、僕は、悪魔退治に利用するだけの捨て駒ではなかったのである。
「ただし、シモベ君は、我の『友達』ではない」
……え?
舞泉さんが手錠をカチャカチャ弄りながら放った言葉に、僕は、一瞬耳を疑う。
貴矢や石月さんとは違い、僕は舞泉さんの「友達」ではないということなのか?
それは一体どういう意味なのだろうか――
「シモベ君は、聖なるものを持っているのだ。ゆえに、シモベ君には、友達とは『別の役目』があるのだ」
「別の役目?」
「ああ。シモベ君には、我に仕えてほしい」
舞泉さんに仕える――それはやはり、下僕ということではないか。
「そして、ゆくゆくは、シモベ君にも神の意思をちゃんと理解してもらいたいのだ」
――何だそれは? 宗教勧誘?
まずは下僕からはじめて、やがて僕を「舞泉教」の立派な信者に育て上げたい、ということだろうか。
あまりにも惨めな扱いではないか。
それだと、いつまで経っても、教祖様である舞泉さんとは対等な立場になんかなれない。
ましてや、舞泉さんと恋人同士になんか――
「シモベ君!」
舞泉さんに突然名前を呼ばれた僕は、「ふえ?」っと腑抜けた返事をしてしまう。
「……どうしたの?」
「シモベ君、この教室の方に近付いてくる足音が聞こえる」
「本当……?」
部活動を終えた生徒が続々と帰宅するタイミングなので、それらの生徒の話し声も、足音も当然に聞こえる。
その雑踏の中に、こちらに近付いてくる足音があるかどうかなんて、僕には聞き分けることなどできなかった。
「もしかすると、見回りの教員かもしれないな。生徒がみな帰宅し始めてるのか確認してるのかもしれぬ」
「え?……じゃあ、僕たちはどうしよう?」
僕らは、部活動の実施されていない教室に居残っているのである。
何をしているのかと怪しまれるに違いない。
「電気を消した方が良いかな?」
「誰もいない教室の電気が突然消えたら、それはそれで怪しいだろう」
舞泉さんの言うとおりだ。
「シモベ君、とりあえず、一旦隠れよう」
「隠れるってどこに?」
「教壇の下だ」
そう言うやいなや、舞泉さんはしゃがみ、教壇の下のスペースに潜り込む。
たしかに、そこに隠れていれば、見回りの教員の目は誤魔化せるかもしれない。
ただ――
――いや、今は躊躇している場合ではない。
僕も小走りで教壇の方へと移動し、すでに舞泉さんがいるスペースにお邪魔する。
――やはり、2人で入るにはあまりに狭過ぎる。
僕は、チョコンと体育座りをする舞泉さんを、胸で覆うような格好で、何とか教壇の下のスペースに収まる。
舞泉さんの身体と僕の身体が密着する。
舞泉さんの顔が、僕の胸に接している。
激しく高鳴る僕の心臓の鼓動は、絶対に舞泉さんに聞かれてしまっている。
狭いスペースに充満する舞泉さんの匂いが、僕の脳を直接刺激する。
恋人同士になれない相手と、こんなシチュエーションに押し込まれるだなんて、一種の罰ゲームに違いない。
もしも本当に神様がいるのだとすれば、僕に何をすることを求めているのだろうか――
舞泉さんが言っていた「近付いてくる足音」は、やがて僕にもハッキリ聞こえるようになった。
2人分の足音が、教室の前を通り過ぎ――ることなく、僕と舞泉さんのいる教室の中に入ってくる。
先ほどとはまた違うドキドキが付け加わる。
教壇の下に隠れているのが見つかってしまわないだろうか――
「小百合ちゃん、ここにありそう?」
「うーん、見当たらないですね。野々原君の言うとおり、家に置いてきてしまったのでしょうか……」
あれ? この声は……
僕は、パッと教壇から飛び出す。
「きゃあっ!」
「わあっ! ……て、遼じゃないか。いきなり現れたからビックリしたぜ」
やはり教室に訪れた2人組は、部活終わりの貴矢と石月さんであった。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
「私もビックリしました……志茂部君、教壇の下に隠れていたんですか?」
「まあ、そうだけど……」
そこまで口にしたところて、マズいと後悔する。
「『ビックリした』はこちらの台詞なのだ」
舞泉さんが、教壇の下からのそのそと出てきてしまった。
その様子を、石月さんも、貴矢も目をまん丸にして見ている。
「……おい、遼とミト様、教壇の下で一体ナニをしてたんだ?」
「……志茂部君、美都さん、ごめんなさい。私たち、大事なところを邪魔してしまったみたいで……」
やはりマズいことになってしまった。
教員に見つかった方がまだマシだったかもしれない。
「大事なところを邪魔した? 一体何のことだ?」
舞泉さんは、少しもピンと来ていないようだが……
「いやいや、2人とも違うから! 勘違いしないで! 僕と舞泉さんは、先生が来たと思って慌てて隠れていただけだから!」
「遼、ミト様と幸せになれよ」
「私、志茂部君と舞泉さんはお似合いだと思います」
「違うってば!」
神様、一体僕はどうすれば……?




