死体
待ち合わせ場所として、舞泉さんが指定したのは、校舎寄りではなく街路寄りの、校庭の隅だった。
音楽室にいても何も手が付かなかった僕は、舞泉さんから届いたメッセージを見るやいなや、駆け出していた。
「シモベ君、遅かったな」
「……ごめん」
これ以上早くは来れなかった……と思う。
舞泉さんの手には、どこから持ってきたのか、舞泉さんの背の高さと長さがそれほど変わらない、立派なスコップが握られている。
「シモベ君、ここだ」
舞泉さんが、スコップの金属部分の先で、地面をトントンと叩く。
そこは、わずかに雑草が生えている他には何もない、ただの地面である。
幸いなことに、周りに他の生徒はいない。
校庭では野球部とサッカー部が練習をしていたるが、いずれも校舎寄りのグラウンドを使っている。
僕らのことを気にしている者は誰もいない。
「密会」に敏感な貴矢ですら、僕と舞泉さんに気付かないまま、サッカーボールを追いかけているのだ。
「舞泉さん、ここを掘れば良いの?」
「ああ」
「本当に死体が埋まってるの?」
「間違いない」
注意して見てみると、スコップを握っていない方の手には、例の「オーブ」が握られている。
「舞泉さん、『オーブ』が死体を指し示してたの?」
「そうだ」
「この前みたいに、ただの岩ということはない?」
「あの日は雨の影響で調子が狂ったのだ」
舞泉さんは、真顔でそう言い訳をする。
穴掘りをしているところを布瀬川校長に見つかった日、校長室から解放された舞泉さんは、「岩の下に死体があるはずだ!」との主張に拘泥していた。
ゆえに、舞泉さんを諦めさせて帰宅させることに、僕は手を焼いた。
しかし、翌日、天気が晴れると、舞泉さんもカラッとした表情で、「やはりあそこには何もない」と一気に宗旨替えしたのである。
「今回は前回とは違う」
舞泉さんはそう言い張るが、僕は半信半疑、いや、疑ってしかいなかった。
僕が疑っていたのは、舞泉さんのオカルトチックな手法だけではない。
そもそも、澪葉さんの死体が校庭に埋まっているはずがないのである。
澪葉さんは、海に飛び込んで自殺をしたのである。
証言には少し「矛盾」があるのかもしれないが、澪葉さんが海に飛び込む場面を見た目撃者もいる。
遺族が内容を明かしていないが、澪葉さんには遺書もある。
そして、周辺の漁師の見解によれば、死体は崖下の岩場に流れ着くはずであるとのことだが、必ずしもそうではないのではないか。
その日の海流次第では、死体は岩場に流れつかず、そのまま大海原へと飲み込まれてしまう、ということもあるのではないか。
澪葉さんの死体は、広い海のどこかに、ひっそりと沈んでいるに違いない。
そう考えた方が、むしろ「矛盾」はない。
岩場に流れ着いた澪葉さんの死体を拾って、わざわざ千翔高校の校庭に埋めた者がいる、と考える方が、よっぽど「矛盾」した見解なのである。
そもそも、校庭に死体が埋まっているという根拠は、単に、本の落書きに過ぎないのである。
だから、僕は、舞泉さんに繰り返し問い直す。
「本当にここに死体が埋まってるんだね?」
「埋まっている」
「また無駄な穴を掘って、校長室に連行されるのは勘弁だからね」
同じ過ちを繰り返せば、反省していないものとして、今度こそ何らかの処分が下されるに違いない。
「大丈夫だ。死体は見つかる」
「本当に?」
「ああ。オーブに澪葉の痕跡が映ったのだ」
「……舞泉さん、『澪葉さんの痕跡』って一体何?」
「説明は後だ。とにかく掘ってくれ。シャベルを持って長居していた方が、誰かに見つかるリスクが高まるだろ?」
それはそのとおりである。
それに、舞泉さんの下僕である僕に、舞泉さんの指示を断る権限はない。
僕は、諦めて、舞泉さんからシャベルを受け取る。
思ったよりもズッシリ重い。
「ここで合ってる?」
「ああ。大丈夫だ」
もう自棄っぱちである。
死体が出ようが、金銀財宝が出ようが、何も出まいが構わない。
舞泉さんの気が済むのなら、それで僕の目的は果たせるのだ。
僕は、両手でシャベルを持ち上げ、それを地面に向けて突き刺す。
サクッ――
簡単に土が裂ける。
前回のぬかるんでた地面よりも、さらに土が柔らかいように感じる。
まるで、誰かに一度掘り返されたことがあるかのように。
シャベルで土を掻き出し、もう1度シャベルを突き刺す。
今度は先ほどよりも慎重に、あまり力を入れないようにして。
その判断は正しかったと思う。
早速、コツン、とシャベルの先端が何かに当たったのである。
少しだけ土を避けてみる。
岩ではない。そこにあったのは木製の――
「シモベ君、やったな。棺だ」
そう。それは木製の棺……のような箱である。ベニヤ板で作られた、簡素なものだ。
僕は夢中になって、箱の周りの土を掻き出す。
箱の上面が完全に露出する。
そこは蓋になっていて、箱を外に取り出さなくても、蓋は開けられそうである。
「シモベ君、蓋を開けてみてくれ」
「……分かった」
恐怖心はある。
指は震える。
でも、ここまでやっておいて逃げ出すわけにもいかない。
僕はしゃがみ込み、木箱に向かってそっと手を伸ばす。
腕もプルプルと震えている。
蓋は嵌め込まれてはいたものの、指が入る大きさの穴が開いている。
僕はそこに人差し指を入れ、親指とともに挟み、持ち上げる。
蓋はいとも簡単に開く。
果たして、箱の中には、腐敗した人間の死体が収まっていた。
これで第3章「切り裂き殺人」が終わりました。
第3章はあまり書くことないよなあ、なんて思っていたのですが、終わってみると、これまでで一番長くなってしまい、総文字数は12万字を超えました。
12万字を超えることが目標でしたので、目標達成です。
ここで完結にしても良いくらいです(良くない)
さて、謎を解くのに必要な情報は、ここまででほぼ全て出したつもりです。謎を一応整理してみましょうか。
①本の落書きは一体誰が何の目的でしたものなのか
②三枝澪葉の「横領」は果たして冤罪なのか
③三枝澪葉の死体はなぜ消えたのか
④水城時雨を殺した犯人は誰か。その動機は何か
⑤なぜ犯人は水城時雨の内臓を抉り取ったのか
⑥犯行現場近くに落ちていたマットは何のためのものか
⑦中央校舎の扇形のデッドスペースは何のためのものか
⑧東海林先輩が見た円形校舎の幽霊の正体は何か
⑨実際に校庭に死体が埋まっていたのはなぜか
こんな感じですかね。
筆者は、ある時期からフェアさを重視するようになりましたので、手がかりは出し過ぎなくらいに出しています。おそらく読者様のうちの半分くらいは、真相の半分くらいまでには辿り着けるのではないかな、と思っています。
登場人物と同じペースで読者様が推理をしていく、というのが楽しいかなと思っています。
加えて、「贖罪」が最後のラブコメ回と言いましたが、今後も想像以上にラブコメ要素がありそうですので、最後まで「ラブコメ×ミステリー」としてお楽しみいただければと思います。
最後の章(「円形校舎の悪魔」)は、解決編ということもありますので、それほど時間をかけずにアップし切ってしまおうと思っています。間違っても、完結を来月には持ち越しません。
自信を失って心折れそうになることは度々ですが、「自転車は、ペダルを漕いでるうちは倒れず前に進む」ということをモットーに、とにかく止まらずに書き続けます。
みなさま、ぜひとも最後までお楽しみください。




