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「ご注文は、三枝澪葉の情報だったよね。ちゃんと調べてあるわ」
試練を乗り越えた我々は、ようやく本題に漕ぎ着けることができたのである。
「澪葉は、日本三大証券会社である三枝証券の社長令嬢、ということは、知ってるでしょ?」
「ああ。知っている」
舞泉さんが答える。
「澪葉は、三枝証券のCEOである三枝應介の娘で、長きに渡る不妊治療の末、ようやく生まれた珠玉の一人っ子、ということは知ってるかしら?」
「それは初耳だ」
「どうやら、澪葉の母である顕子は、一度應介との子を流産して、それから自然妊娠できないようになってしまったらしいわ。そこで、夫婦は不妊治療を選択した」
「ほお」
「梓沙、ちょっと待って!」
僕は思わず口を挟む。
「何? 取り巻き君、どうしたの?」
「梓沙、あまりにも詳し過ぎない? そんなプライベートな話、ジャンゼリアの店員さんから聞けたの?」
「もちろん違うわよ。自分でネットで調べたの。三枝應介は、今後財界のトップに立つであろう実力者だからね。信憑性のあるものから単なる噂まで、色々な情報がネット上に落ちてるわ」
梓沙が、そこまで入念なリサーチをしてくれるとは、考えてもみなかった。
直接調査を頼んだ舞泉さんは、当時、梓沙とは初対面だったから、梓沙が舞泉さんのために一肌脱ぐとは考えにくい。
梓沙が奮起をするモチベーションがあるのだとすれば、それは貴矢のためでしかない。
「思うに、梓沙さんは、野々原君のことが好きなんじゃないですか?」
ファミレスでの石月さんの言葉が思い出される。
あの時は迷言だと思っていたが、今となってみると、石月さんの言っていたことは正しかったのかもしれない。
「私、きっと野々原君に捨てられます」
――とすると、この発言も正しいということだろうか。
石月さんの切ない表情が頭に浮かぶのを、僕は必死で振り払う。
そのことを考えるのは後にしよう。今は、目の前の梓沙の話に集中しなければならない。
「話を続けるね。澪葉は、不妊治療によって生まれた念願の子だったから、應介夫妻は、澪葉のことを溺愛してたの。そして、澪葉に三枝証券の未来を担わせ、さらには将来の日本社会のリーダーにまでさせるために、應介夫妻は、澪葉に、ありとあらゆる教育を施したの」
「日本社会のリーダー」とはなんとも仰々しいが、三枝証券の社長令嬢の人生設計としては、現実的なものだったのであろう。
澪葉さんは、僕みたいな一般庶民とは、住む世界があまりにも違うのである。
「そして、両親の期待どおり、澪葉は、能力的にも、人格的にも、優れた人間に育ったわ。学校の成績も常にトップクラスで、ボランティア活動も積極的にやっていた」
「ボランティア活動というと、具体的にはどういうものだろうか?」
「澪葉がもっとも熱心にやっていたのは、孤児院の手伝いだったそうよ」
「孤児院の手伝い……とは?」
「親との死別や、望まぬ妊娠などによって、育てる親がいない子どもがいるでしょ。そういう子どもを引き取っている施設で、土日に、子どもの面倒を見たり、外出の際の引率などを手伝っていたらしいの。県内では職員の不足している施設も多いらしくて」
澪葉さんは、本当に立派な人だ。
僕が家でゴロゴロしている土日に、恵まれない子どもたちのために汗をかいていたというのだ。
そして、澪葉さんの両親も立派である。将来の社長候補である娘に勉強をさせるだけでなく、社会慈善活動までさせていたのだ。
「孤児院の手伝いをしていたせいか、澪葉は、子どもの扱いにとても慣れていたそうよ。社会勉強のためにやっていたシャンゼリアのバイト中にも、店内で騒いでる子どもを落ち着かせるのは、澪葉の役目だった。店にはパートで主婦もいたけど、澪葉の方が、よほど『お母さん』みたいだったらしいわ」
そのことは、舞泉さんに見せてもらった雑誌の記事でも触れられていた。
最初は、怪談話の幽霊に過ぎなかった澪葉さんに、どんどん肉付けがされていく。
そして、澪葉さんのことが分かってくれば分かってくるほど、謎はどんどん深まっていく。
なぜ澪葉さんは店のお金に手を出したのか。それは、雑誌で書かれていたとおり、冤罪なのだろうか。
「梓沙、澪葉がレジのお金を抜き取った件については何か分かったか?」
舞泉さんの思考も、ちょうど僕と同じ点に至っていたらしい。
そもそも、ジャンゼリアでバイトをしている梓沙に調査をお願いした趣旨は、その点を明らかにするためなのである。
澪葉さんは本当にレジのお金を盗んだのか。そして、それが無実にせよ事実にせよ、そこにはどのような経緯があるのか、を僕らは知りたかったのだ。
しかし、先ほどまでは怒涛のように澪葉について語っていた梓沙は、黙り込んでしまった。
そして、声を落とす。
「実は、当時店長だった人が辞めちゃってて、何も情報が掴めなかったの。多分、美都ちゃんたちが知っている以上には、私の口から言えることはないわ」
「そうか……」
ただ、と梓沙がもう一度声のトーンを戻す。
「別の面白い情報は仕入れたわ」
「面白い情報?」
「まあ、面白いと言ったら不謹慎なのかもしれないけど、とても興味深い情報ね」
「なんだ? 梓沙、教えてくれ」
「シャンゼリアの事務所にある、過去のシフト表を見ていたの。澪葉が、レジのお金に手を出したとされる当時のね。そうしたら――」




