表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/95

リンク(1)

「ご注文は、三枝澪葉の情報だったよね。ちゃんと調べてあるわ」


 試練を乗り越えた我々は、ようやく本題に漕ぎ着けることができたのである。



「澪葉は、日本三大証券会社である三枝証券の社長令嬢、ということは、知ってるでしょ?」


「ああ。知っている」


 舞泉さんが答える。



「澪葉は、三枝証券のCEOである三枝應介の娘で、長きに渡る不妊治療の末、ようやく生まれた珠玉の一人っ子、ということは知ってるかしら?」


「それは初耳だ」


「どうやら、澪葉の母である顕子あきこは、一度應介との子を流産して、それから自然妊娠できないようになってしまったらしいわ。そこで、夫婦は不妊治療を選択した」


「ほお」


「梓沙、ちょっと待って!」


 僕は思わず口を挟む。



「何? 取り巻き君、どうしたの?」


「梓沙、あまりにも詳し過ぎない? そんなプライベートな話、ジャンゼリアの店員さんから聞けたの?」


「もちろん違うわよ。自分でネットで調べたの。三枝應介は、今後財界のトップに立つであろう実力者だからね。信憑性のあるものから単なる噂まで、色々な情報がネット上に落ちてるわ」


 梓沙が、そこまで入念なリサーチをしてくれるとは、考えてもみなかった。


 直接調査を頼んだ舞泉さんは、当時、梓沙とは初対面だったから、梓沙が舞泉さんのために一肌脱ぐとは考えにくい。


 梓沙が奮起をするモチベーションがあるのだとすれば、それは貴矢のためでしかない。



 「思うに、梓沙さんは、野々原君のことが好きなんじゃないですか?」


 ファミレスでの石月さんの言葉が思い出される。

 あの時は迷言だと思っていたが、今となってみると、石月さんの言っていたことは正しかったのかもしれない。



「私、きっと野々原君に捨てられます」


――とすると、この発言も正しいということだろうか。


 石月さんの切ない表情が頭に浮かぶのを、僕は必死で振り払う。



 そのことを考えるのは後にしよう。今は、目の前の梓沙の話に集中しなければならない。



「話を続けるね。澪葉は、不妊治療によって生まれた念願の子だったから、應介夫妻は、澪葉のことを溺愛してたの。そして、澪葉に三枝証券の未来を担わせ、さらには将来の日本社会のリーダーにまでさせるために、應介夫妻は、澪葉に、ありとあらゆる教育を施したの」


 「日本社会のリーダー」とはなんとも仰々しいが、三枝証券の社長令嬢の人生設計としては、現実的なものだったのであろう。

 澪葉さんは、僕みたいな一般庶民とは、住む世界があまりにも違うのである。



「そして、両親の期待どおり、澪葉は、能力的にも、人格的にも、優れた人間に育ったわ。学校の成績も常にトップクラスで、ボランティア活動も積極的にやっていた」


「ボランティア活動というと、具体的にはどういうものだろうか?」


「澪葉がもっとも熱心にやっていたのは、孤児院の手伝いだったそうよ」


「孤児院の手伝い……とは?」


「親との死別や、望まぬ妊娠などによって、育てる親がいない子どもがいるでしょ。そういう子どもを引き取っている施設で、土日に、子どもの面倒を見たり、外出の際の引率などを手伝っていたらしいの。県内では職員の不足している施設も多いらしくて」


 澪葉さんは、本当に立派な人だ。

 僕が家でゴロゴロしている土日に、恵まれない子どもたちのために汗をかいていたというのだ。


 そして、澪葉さんの両親も立派である。将来の社長候補である娘に勉強をさせるだけでなく、社会慈善活動までさせていたのだ。



「孤児院の手伝いをしていたせいか、澪葉は、子どもの扱いにとても慣れていたそうよ。社会勉強のためにやっていたシャンゼリアのバイト中にも、店内で騒いでる子どもを落ち着かせるのは、澪葉の役目だった。店にはパートで主婦もいたけど、澪葉の方が、よほど『お母さん』みたいだったらしいわ」


 そのことは、舞泉さんに見せてもらった雑誌の記事でも触れられていた。



 最初は、怪談話の幽霊に過ぎなかった澪葉さんに、どんどん肉付けがされていく。

 そして、澪葉さんのことが分かってくれば分かってくるほど、謎はどんどん深まっていく。



 なぜ澪葉さんは店のお金に手を出したのか。それは、雑誌で書かれていたとおり、冤罪なのだろうか。



「梓沙、澪葉がレジのお金を抜き取った件については何か分かったか?」


 舞泉さんの思考も、ちょうど僕と同じ点に至っていたらしい。


 そもそも、ジャンゼリアでバイトをしている梓沙に調査をお願いした趣旨は、その点を明らかにするためなのである。

 澪葉さんは本当にレジのお金を盗んだのか。そして、それが無実にせよ事実にせよ、そこにはどのような経緯があるのか、を僕らは知りたかったのだ。



 しかし、先ほどまでは怒涛のように澪葉について語っていた梓沙は、黙り込んでしまった。


 そして、声を落とす。



「実は、当時店長だった人が辞めちゃってて、何も情報が掴めなかったの。多分、美都ちゃんたちが知っている以上には、私の口から言えることはないわ」


「そうか……」


 ただ、と梓沙がもう一度声のトーンを戻す。



「別の面白い情報は仕入れたわ」


「面白い情報?」


「まあ、面白いと言ったら不謹慎なのかもしれないけど、とても興味深い情報ね」


「なんだ? 梓沙、教えてくれ」


「シャンゼリアの事務所にある、過去のシフト表を見ていたの。澪葉が、レジのお金に手を出したとされる当時のね。そうしたら――」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] もう、なんていうか。 これでもかってくらいの完璧超人で人格者……に、見えるけど。 でも人の心って、それだけじゃないですよね。 個人的には冤罪とかだったらいいけど、本当に冤罪なら冤罪で、別の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ