待ち伏せ(2)
もったいぶるなと言ったのに、貴矢は巻き舌でドラムロールの演出を始めた。
そういえば、梓沙は反対討論において、貴矢は「わざと人の神経を逆撫でする」とも言っていた。全くもって梓沙の言うとおりだ。
「……小百合ちゃんの答えは、『友達から始めましょう』だ」
貴矢が、ニコニコしながら言う。
「え?」
それって――
「それって、フラれたってことだよね?」
僕の反応に、貴矢が、呆気にとられた表情をする。
「なんで? 『ごめんなさい』じゃないんだぜ? 『友達から始めましょう』ということは、『恋人までの道のりをともに歩みましょう』ってことだろ?」
この手のことに関して百戦錬磨の貴矢がそう言うのであればそうなのかもしれない。
ただ、僕には腑に落ちなかった。
ハッキリと「ごめんなさい」と言うと貴矢が傷つくと思い、石月さんは婉曲表現を使ったということではないだろうか。
クラスメイトである時点で、すでに「友達」だと言えるのだとすれば、石月さんの言葉は「クラスメイト以上にはなれません」とも解釈できる。
「じゃあ、貴矢は、しばらく『石月さん推し』でいくんだな? 諦めて別の女の子を探すわけじゃないんだな?」
「もちろん。石月さんとは、結婚を前提とした、お友達としてのお付き合いを始めたんだ」
あまりにも薄っぺらい言葉に苦笑する。
「結婚」だなんて言葉は、せめて半年くらい特定の女の子と交際してみてから言って欲しい。
まあ、僕も、異性と半年間も交際した経験はないんだけど。
「ところで、遼の方はどうなんだ?」
「どうなんだって、何が?」
「この前言ってただろ? 『他のクラスに気になる子がいる』って」
それもたしかに言ったが、成り行き上やむなくである。
貴矢が「クラスの女子で誰が一番好きなんだ?」と繰り返し訊いてくるのが煙たくて、「同じクラスの女子に興味がない」という趣旨でそう言ったのだ。
とはいえ、それは口から出任せ、というわけでもない。
「他のクラスの子」として念頭に置いていたのは、舞泉さんだ。
僕は、舞泉さんを一目見るために、部活のない放課後には、毎日図書室に通い続けていたのだから。
「その『他のクラスの子』にはもう告ったのか?」
「そんなわけないでしょ。手の早い貴矢と一緒にしないでよ」
声が震えていることに自分でも気が付いた。
嘘をついているわけではない。告白などしていないのだから。
しかし、昨日、僕は一線を越え、舞泉さんに初めて話し掛けたのである。
その結果――
「シモベ君!」
楽器で喩えるとリコーダーのような、少し高くて鋭い声。
舞泉さんの声である。
これは僕の記憶の中の声ではない。
今まさに発せられている、現実の声だ。
校門の前に舞泉さんがいて、手を振っている。
ブレザーを着て、ポニーテールに髪を結いた舞泉さんが、レンガ壁に寄りかかって立っているのである。
いつもの舞泉さんだが、図書室以外で見るのは初めてであるため、ドキッとする。
そして、今、間違いなく、舞泉さんは僕の名前を呼んだのだ。
それだけではない。
舞泉さんは、
「シモベ君、ずっと待ってたぞ」
とも言った。
超ド級の美少女に校門前で待ち伏せされて、こんな言葉を掛けられるなんて、全高校生男子の憧れに違いない。
最高のシチュエーション――
――ただし、その場に貴矢さえいなければ。
「……超可愛い。なんて美少女なのだ……」
貴矢は、ぼやくように、しかし、舞泉さんにも確実に聞こえるボリュームで、そう言った。
なんてデリカシーのなさなのだろうか。
幸いにして、舞泉さんのアクセントの置き方は「志茂部君」じゃなくて「下僕君」だ。
僕がこのまま素通りすれば、貴矢は、舞泉さんが僕を呼び止めたことに気付かないだろう。
舞泉さんには申し訳ないが、一旦この場を去り、貴矢をまいた後でまた戻ってくれば良い。
僕は舞泉さんから目を離し、地面の方を見ながら、校門をくぐることにした。
「おい。シモベ君、私の声が聞こえないのか?」
舞泉さんごめん。
今はこうするしかないのだ。
「昨晩何かあったのか?」
まさか、と舞泉さんが息を呑む。
「悪魔に乗っ取られ、聖なるものを奪われてしまったのか!?」
一晩明けて、舞泉さんの中身が「まとも」なものに入れ替わっている、なんてことはないようである。
良くも悪くも、昨日の舞泉さんとのやりとりは、夢幻ではなかったようだ。
「違う!」と反射的に答えそうになってしまうのを我慢し、僕は、ほとんど走るような格好で、舞泉さんとすれ違う。
「おい! シモベ君、大丈夫か!? しっかりしてくれ! 正気に戻るのだ!」
舞泉さんは、本気で僕のことを心配してくれているようだ。僕に言わせてもらえば、正気に思えないのは、舞泉さんの方なのだが……
悲しいことに、さらに正気ではない奴がすぐ近くにいた。
貴矢である。
「ねえ、そこの可愛い子ちゃん、名前は何て言うの? クラスと学年は?」
……最悪のシチュエーションである。
僕は立ち止まり、振り返る。
朝っぱらから校門でナンパをするだなんて、色狂いにもほどがある。
舞泉さんは、さぞ軽蔑し、貴矢のことを睨みつけているに違いないだろうと思ったのだが、実際は、舞泉さんは僕の方をまっすぐに見ていた。
ついに舞泉さんと目が合う。
舞泉さんがニコッと笑う。
なんて魅力的な、抗いがたい笑顔だろうか。
「シモベ君、おはよう。私の声が聞こえたんだな」
「……おはよう」
僕は当初の目的を捨て、舞泉さんと挨拶を交わしてしまう。これはもはや不可抗力だ。
というか、舞泉さんのナンパ回避能力はあまりに高過ぎないだろうか。貴矢の声掛けに一切反応せず、完全に無視しているのである。
まるで、そもそも貴矢の声が聞こえていないかのように。
「おい。遼、まさかこの超絶美少女と知り合いなのか!?」
貴矢が、背後から僕の両肩を掴み、僕を揺さぶる。
「もしかして、遼が気になってる『他のクラスの子』ってこの子のことなのか!? 説明してくれ!」
頼むから余計なことを言わないで欲しい。デリカシーの欠片もない。
「シモベ君、まさかこの『下賤の者』と知り合いなのか!?」
残念なことに、舞泉さんには、貴矢の声も姿もちゃんと認識できていたようである。
「シモベ君、心からの忠告だが、この下賤の者とは関わりを絶った方が良いぞ。シモベ君には素質があるのに、あまりにももったいない!」
「遼、この子は一体誰なんだ!? 連絡先を知ってるのか!? 俺にも共有してくれ!」
どちらも言ってることが無茶苦茶である。
そんな2人に板挟みにされた僕は、朝一から疲れ果ててしまった。
執筆はほとんど仕事の移動時間中の電車内で、スマホで行なっています。
おかげでスマホの充電が秒で無くなるので、常にチャージスポットの充電器を借りっぱなしです。
今日は移動時間が長いので、ストックを増やせる予定です。溜め込むのは良くないので、今日中にもう1話はアップすると思います。