待ち伏せ(1)
「おい、遼」
不意に名前を呼ばれたので、僕は振り返る。
僕を目掛けて葉桜の並木道を走っていたのは、同じクラスの野々原貴矢である。
中学校も同じで、高校に進学してからも同じクラスという、いわゆる「腐れ縁」である。
貴矢は背も高く、目もキリッとしており、「イケメン」の部類に入る。
ただ、なんというか、性格は「残念」である。
「遼、ちょうど良いところにいた。話したいことがあったんだよ」
貴矢が声を掛けてきたのは、高校へ向かう通学路である。
最寄駅から校舎まで、徒歩で10分ほどの距離があるのだ。
朝のチャイムが鳴る8時30分までは、まだ20分ほど時間があり、遅刻にはならない見込みだったが、学校に着いてからあまりバタバタしたくはなかったので、僕は歩道を速足で歩いていた。
貴矢に呼び止められたとはいえ、ペースを変えるつもりはない。
僕は前を向くと、また速足で歩き始めた。
「おい。遼。待ってくれよ」
「何? 話したいことって? 昼休みじゃマズイの?」
高校に進学してまだ2ヶ月あまりしか経っておらず、クラスで新しい友達を作るには至っていないこともあり、1時間ある昼休みは、基本的に貴矢と2人で過ごしていた。
おそらく今日の昼もそうするだろう。
「ああ、マズイ。遼には今話しておく必要があるんだ」
貴矢は僕に追いつくと、僕の左肩を右手でポンっと叩いた。
そして、僕の左のスペースを定位置に定めた。
学園通りの遊歩道なので、2人が横並びになっても、犬の散歩をしているマダムが悠々とすれ違えるくらいの幅はある。
「一体何の話?」
「昨日の俺の告白の結果についてだ」
――やはりか。どうせそんな話だろうと思っていた。
野々原貴矢という男は、そういう奴なのだ。
イケメンなのに、いや、イケメンゆえなのか、女好きで、四六時中、惚れた腫れたの真ん中にいる。
女に手を出すのが早い代わりに、飽きるのも早く、特定のカノジョと3ヶ月続いた例を知らない。
息を吸うように女の子に惚れ、息を吐くように告白をしているのである。
高校進学後の2ヶ月あまりでもう3回目か4回目くらいだ。なんて「残念」な男なのだろうか。
率直に言って、貴矢の告白の結果なんてどうでも良い。
地球の裏側の天気予報くらいに、僕にとっては関心がないのである。
「どうなったか気になるだろ?」
「別に」
「そんなそっけない態度はやめてくれよ。『報告第一号』が遼なんだから」
だから何だというのだ。
そもそも、告白の結果を周りに言い広めることが如何なことかと思う。そういうデリカシーの無さが、貴矢を「残念イケメン」にしてしまっているのではないか。
「そもそも、誰に告白したんだっけ?」
「石月小百合ちゃんだよ」
――なんてことだ。
同じクラスの女子じゃないか。
勝手に惚れて、勝手に告白するのは勝手だが、同じクラスだけはやめて欲しかった。告白が成功しても、失敗しても、気マズイじゃないか。
「小百合ちゃんは可愛い、って遼も言ってたよな」
「……それは言ったかもしれないけど」
先週か先々週かのランチタイムに、貴矢とクラスの女子の話になった際に、貴矢から「小百合ちゃんって可愛いよな?」と同意を求められたので相槌を打っただけである。
決して、僕が、自分から進んで石月さんの話をしたわけではない。
まあ、しかし、石月さんの顔が可愛いことは認める。
おそらくクラスで一番可愛い。
とはいえ――
「同じクラスの女子に手を出すなよ」
「何で?」
「色々と面倒だろ。中学の頃のことを思い出せよ」
「梓沙のことか?」
「もちろん」
貴矢には悪き前例があるのだ。中学2年生の春に告白し、付き合った、同じクラスの嶺岸梓沙の件である。
貴矢と梓沙はわずか1ヶ月で破局し、その後、互いに反目し合う関係となった。
2人は3年生でも同じクラスだったのだが、貴矢が学級委員に立候補した時の、梓沙の反対討論は、クラスの伝説となった。
梓沙は、黒板の前に立つと、事前に台本を準備していたわけではないのに、10分弱もの時間、「無責任」「口八丁」「女たらし」など、貴矢の人格に対する痛烈な非難を浴びせ続けたのだ。
結果、貴矢は自ら立候補を取り下げざるを得なくなった。
身内に手を出すと、そういう罰を招くのである。
なお、梓沙も、僕と貴矢と同じ高校に進学をしたが、幸いなことにクラスは別であった。
それは、貴矢にとってはもちろん、僕にとっても安心できるニュースであった。
梓沙の攻撃の矛先は、貴矢だけではなく、貴矢の親友である僕にも向けられることが時折あったのだ。
「梓沙は特別だよ。あんな癇癪女、ツチノコよりも珍しいんだから」
1度は交際した女性に対して酷い物言いだが、2人が揉めている様子を何度も見ていた身としては、やむを得ない寸評にも感じる。
「というか、貴矢、どうだったんだ?」
「どうだった、って何が?」
「告白の結果だよ。石月さんに告ったんだろ?」
告白の相手が同じクラスで、しかも、クラス1の美少女である石月さんだとすれば、ブラジルの天気予報とは大きく事情が異なる。
今後の僕の身の振り方にも影響しうるのだ。
「やっぱり遼も気になるだろ。告白の結果が」
「もったいぶらないで早く教えろよ」
「心の準備はできてるのか?」
「早く。もう学校に着いちゃうだろ」
校門まではあと200メートルもない。石月さんが告白の相手となれば、さすがの無神経男でも、教室で結果をベラベラと喋ることはできないだろう。
石月さんと遭遇する前に、僕は結果が知りたかった。
「じゃあ、発表するぜ。結果は……」