打ち上げ(1)
見上げれば雲ひとつない青空。
半袖のシャツで肌寒くも暑苦しくもない心地よい陽気の中、身体で空を切る。
原色のペンキで鮮やかに塗られた、西洋風の小屋やら車庫やらが次々と視界を横切っていく。
はしゃぐ子どもの声も近づき、また遠ざかる。
「この解放感、最高だね!」
長く伸びた前髪が、風で目にかかるのを掻き分けながら、詠一が言う。
「追いコンも期末試験も無事終わったしね」
僕は相槌を打つ。
「コンサートは上出来だったよ。君たち、よく練習を頑張った」
そう労ってくれたのは、追いコンの終了に伴い、正式にポップソング部の部長に就任した東海林先輩である。
東海林先輩は、
「まあ、君たちの期末試験が果たして無事だったかは私の知るところじゃないけどね」
と付け加えるのも忘れなかった。
今日は、期末試験直後の日曜日。
ポップソング部では、部活動を卒業する3年生の送別も兼ねて、この時期に遊園地で「打ち上げ」をするのが恒例だそうだ。
どの遊園地に行くのかは、その時の3年生の希望を募るので、毎年違うとのことだが、今年は埼玉県最大のテーマパークである「スパークルパーク」に決まった。僕は隣県に住んでいるが、訪れるのは今回が初めてだ。
「コーヒーカップという乗り物も、解放感があって最高!」
「粕屋君の言うとおりね。絶叫マシンみたいにベルトで縛られてないし、自分たちで操作もできるし」
そう言いながら、東海林先輩は、中央の円盤を両手で掴む。
そして、握った手に力を加える。
僕たち3人が乗ったコーヒーカップは、徐々に回転速度を増していく。
背景の切り替わりが激しくなり、やがて三半規管がそれに追いつかなくなってくる――
「東海林先輩、手を止めてください! 僕、乗り物酔いしやすくて……」
「志茂部君、修業が足りないね」
東海林先輩は、回転を止める気配はない。
「遼ももっと解放感を味わいなよ!」
詠一も悪ノリをし、東海林先輩に加勢する。
円盤には詠一の力も加わり、コーヒーカップはさらに加速する。
「……本当にやめて……」
目を覆いながら弱り果てる僕の様子を見て、2人はさらにテンションを上げる。
「粕屋君、もっと回して!」
「遼にもっと解放感を味わってもらわないと!」
なぜここまで鬼畜になれるのか、そして、2人の三半規管はどうなっているのだろうか。
僕は、2人が僕と同じ人間だとは思えなかった。
終了のブザーが鳴り、カップの動きが機械によって制御され始めた時、僕は、カップのへりに寄り掛かり、嗚咽を漏らしていた。
「……気持ち悪い……おえっ……」
「粕屋君、私たちは志茂部君に解放感を与えすぎたのかもしれない」
「解放よりも介抱が必要かもしれませんね。東海林先輩」
「あはは。粕屋君面白いね」
全然面白くない。
明らかにグッタリしている僕に気を遣ったわけではないと思うが、総勢12名からなるポップソング部御一行は、一旦休憩を取ることになった。
屋外に置かれていた丸テーブルを3つ占領し、各々が近くの軽食屋に買い出しに出掛ける。
購入列に並ぶ元気がなかった僕は、詠一に100円玉3枚を渡して、ソフトクリームのおつかいを頼む。
他の部員がみな場所取り用の荷物だけを残して軽食屋のワゴンに向かった隙に、僕は鋭気を回復しようと丸机に突っ伏す。
「志茂部君」
僕以外の全員が買い出しに向かったものと思っていたので、突然声を掛けられて驚く。
さらに驚いたのは、その角のない清らかな声は、間違いなくあの人のものだったからだ。




