海の家(3)
やはりあの怪談話は実話に基づいていて、D美にはモデルがいた――
そして、僕らが今いる海が、D美こと三枝澪葉が身を投げた海であるという。
三枝澪葉の命を攫い、そして、その死体の行方をくらませた海なのだ。
怪談の世界と現実とがより一層リンクする。
この物語は、もう、僕らとは無縁ではない。
聞きたい話が聞けると分かったから、舞泉さんは追及をやめ、おとなしく席に着いた。
そして、厨房でせかせかとレトルト食品を温める石月さんをじっと観察している。
三枝澪葉の事件に興味がない貴矢は、祥子さんが映っているスクリーンにペタペタ触りながら、「うちにも欲しいなあ」などとぼやいている。
一体何に使うつもりだろうか。
舞泉さんよりも一足早く席に着いていた僕が、手持ち無沙汰にしていることに気付いたのか、祥子さんは、僕に話を振った。
「志茂部君は何か部活に入ってるのかい?」
「はい。ポップソング部に入ってます。楽器は初心者で、まだあまり弾けないんですけど……」
「ポップソング部というと、時雨と一緒か!」
「祥子さんは水城先輩のことご存知なんですか?」
「ああ。高校2年生の頃にクラスが同じでな」
クールな水城先輩と、破天荒な祥子さんの組み合わせはあまりしっくり来ないのだが、祥子さんは「仲も良いぞ」と付け足した。
「時雨ちゃん、スタイルも良くて美人だよなあ」
水城先輩とは何の接点もないはずだが、貴矢はそういうことには矢鱈と詳しい。
そして、女性には誰でも下の名前+ちゃん付けをするので、馴れ馴れしい。
「時雨はめちゃくちゃ面白い奴だぞ」
「面白い……ですか?」
「ああ。私が何かするたびに最高のリアクションをとってくれるからな!!」
――なるほど。そのことか。
僕は、水城先輩の「本性」――東海林先輩が、演奏中の水城先輩を驚かせた時のことを思い出す。
水城先輩は、異常なまでのビビリようだった。
人を驚かせることが大好きな祥子さんにとって、水城先輩は「格好の餌食」なのだろう。
祥子さんは、
「時雨にも『鬼の間』に来てもらって怪談を聞かせたことがあるのだが、あれは傑作だったな」
などと言って腹を抱えて笑い始めた。
その時の様子を想像して、僕は水城先輩が不憫で仕方なくなる。
「みんな、お待たせしました!」
石月さんが、海の家に備え置きのお盆に乗せて、料理を運んでくる。
「やっぱり小百合ちゃんの作るレトルトは、見た目からして違うなあ」
「野々原君、ありがとうございます」
貴矢の表現もあながち大袈裟ではない。
ハンバーグや野菜のグラッセ、コーンスープなど、石月家から持ち込んだであろう高級皿に盛り付けられていることもあり、決してレトルトには見えない。
料理を全てテーブルに載せ、缶ジュースも1人1本配った後、石月さんがようやく席に着く。
「みんな、召し上がれ」
「いただきます!」
僕はまず缶のプルトップを開ける。
プシューとメロンソーダの炭酸が泡立つ。
スクリーンの祥子さんが、ゴホンと咳払いをする。
「それでは、しばし御歓談としよう」
舞泉さんがすかさず口を挟む。
「おい。祥子、早く三枝澪葉の話をしてくれ。小百合の料理の準備は終わったぞ」
「美都ちゃん、まずは歓談をして、場が和んでからその話に移ろう」
「カンダンとは一体何だ?」
舞泉さんが歓談をするイメージは湧かなかったが、そもそも、舞泉さんの辞書には「歓談」という言葉がなかったようである。
「まあ、とにかく、しばらく料理を楽しもうじゃないか」
祥子さんがそう仕切ったものの、舞泉さんは料理にもジュースにも一切手を付けようとしない。
あまりにも頑なな態度に、祥子さんもついに観念した。
「分かったよ。澪葉の話をすれば良いのだな」
「祥子、よろしく頼む」
祥子さんには、なぜ舞泉さんがここまで「校庭に埋まっている死体」にこだわるのかが分からないのだろう。
腑に落ちない表情をしている。
僕は、舞泉さんのまっすぐな性格は理解しつつある。
しかし、舞泉さんの、死体探しへのこだわりについては未だによく分かっていない。
僕だって、乗りかかった船であり、本当に死体が埋まっているのかどうか、それと怪談の「死体消失」とは関係があるのかどうかは気になっている。
しかし、その謎に自分から関わり、それを主体的に解き明かしていこうとまでは思わない。
畢竟、自分とは何の利害もないからだ。
他方、舞泉さんは、舞泉さん自身の利害とは関係のない、「悪魔退治」とやらのために、ここまで熱心に死体探しをしているのだ。
舞泉さんの行動は、僕の理解をはるかに超えている。
「うーん、私は一体何から話すべきだろうか……?」
画面の向こうで、祥子さんが逡巡する。
「まず、三枝澪葉が誰なのか教えてくれ」
「……そうだな。まずはその話からだな」
祥子さんは、ストローのささった缶コーラを床に置く。
「澪葉は、私の中学校の同級生だった。そして、生きていれば、今も私の高校の同級生だったはずだ」
僕は唖然とする。
「え? じゃあ、澪葉さんが自殺をしたのって……」
「昨年のことだ。まだ1年も経っていない」
――怪談の世界と僕らの住む世界とのリンクは、場所だけではなかった。
時間軸においても、2つの世界は密接に繋がっていたのである。




