表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/95

海の家(2)

 やはり海の家の中には誰もいない。


 出入り口の付近は売り場兼厨房になっているのだが、そこには段ボール箱が積み上がっているだけである。


 奥の飲食用のスペースも、テーブルを囲むのは無人の椅子だけだ。



「石月さん、ここ、勝手に入って大丈夫なの?」


「もちろん大丈夫です! 今日はお金を払って、特別に開けてもらい、貸切にしてもらっているんです!」


――そういうことだったのか。

 

 さすがに海の家は石月家の別邸ではなかったものの、石月家の財力があれば、そんなことは関係ないのだ。所有物件以外でも、いつでも自由に使えるのである。



「お店の人はいないので、食べ物や飲み物は自分たちで用意しなければならないんですが……」


 そう言いながら、石月さんは、売り場兼厨房に入っていく。

 そして、スカートの裾を押さえながらしゃがみ込むと、積まれた段ボール箱の隣にポツンと置かれた、一見して新しい段ボール箱の封を開ける。


 中には、缶ジュースや、レトルト食品が詰まっていた。



「一通りのものは揃えてあります! 簡単なものですが、今日は私がみんなをおもてなししますね!」


「やった! 小百合ちゃんの手料理だ!」


「レトルトなんですが……」


「それでも構わないさ! 長年連れ添った夫婦みたいで良いじゃないか!」


 貴矢の感覚はよく分からなかったが、キャンプをしているみたいでなんだかワクワクする。

 

 海の家の建物も、ほどよく年季の入ったログハウスで、なかなか雰囲気がある。



「それでは準備をしますので、みんなは奥のテーブルにいてください!」


「了解」



 僕と舞泉さんと貴矢は、奥の飲食スペースに移動した。



 ()()に一番初めに気付いたのは、意気揚々と小走りでテーブルに向かっていた貴矢だった。



「祥子ちゃん!」


 石月さんが指定したテーブルに、水色の浴衣姿に、髪をまとめ上げてお団子にした、祥子さんがいたのである。



「野々原君、久しぶり」


「祥子ちゃん!」


 貴矢は、テーブルを躱わし、祥子さんの元へ猪突猛進する。



 祥子さんに抱きつこうとしたようだが、それは叶わなかった。



 祥子さんは、()()()()()()()()()のである。



「あれ?……俺の夢幻……?」


「違う。全くもってロゴスのない奴だな。お前が抱きしめようとしたのは、ただのスクリーンだ」


「……スクリーン?」


 貴矢がぶつかった衝撃で、祥子さんはグラグラと揺れている。

 それは間違いなく、白いスクリーンに映された映像だった。


 入り口からもっとも近く、もっとも入り口からは死角になっている角のテーブルに、簡易なプロジェクターが乗っかっていて、そこから光の筋が出ている。



「すまんな。今日は在宅なのだ。雨の日に出掛けるのはけったいでな」


 祥子さんの声は、そのプロジェクターと接続されているパソコンから出ている。

 ビデオ通話システムによって、石月家の本邸と繋いでいるのだろう。



「まあ、なるべく『そこにいる感』を出すために、背景は合わせたのだが」


 祥子さんはバーチャル背景を使っていて、それは間違いなく、この場所で撮影したものである。


 画面の向こうの祥子さんは、等身大で、目線の位置も合っていることからすれば、「そこにいる感」を出すどころではなく、明らかに狙っている。


 僕らを騙そうとし、そして、それは成功したのである。



「申し訳ありません。姉がそうしろと……」


 厨房から出てきた石月さんが頭を下げている。

 祥子さんに背景画像を送り、プロジェクターとスクリーン用意したのは間違いなく石月さんだから、完全な「共犯」である。



「小百合、祥子がいるなら先に言ってくれれば良いのに」


「ごめんなさい。姉がサプライズ登場したいと言い張りまして……」


「美都ちゃん、悪いな。これが私の流儀なのだ」


 どこまでも悪趣味な人である。

 雨の日だから家から出れなかったというのも疑わしい。

 そんなものぐさな人が、わざわざ家で浴衣に着替え、それっぽい髪型にセットすることなどしないだろう。



「せっかく祥子ちゃんにハグできると思ったのに」


「野々原君、私がリアルにいたとしても、そんなことさせないからな!? というか、私がスクリーンで良かったな!? リアルだったら犯罪だぞ!?」


 そのとおりである。

 貴矢が、祥子さんに指一本でも触れようものなら、今度こそ絶交しよう。



「祥子、今日我々を呼びつけた目的は何なんだ?」


「そう気張らないでくれ」


「また怪談か?」


「まあまあ、美都ちゃん、そう焦るな。小百合が料理の準備を終えてからゆっくり話すとしよう」


 海の家にあるのと同じデザインの椅子に座った、画面の向こうの祥子さんは、缶コーラをストローで吸う。

 映写機の起動音さえなければ、ここにいるかと錯覚するほどのなじみっぷりである。



「祥子、いくつか聞きたいことがあるんだ。この前語っていた怪談のD美は……」


「美都ちゃん、だから焦るな。後でちゃんと話してあげるから。その話をするために、今日はみんなにここに来てもらったのだ」


 だって、と祥子さんは、ストローを咥えたまま言う。



「今みんながいるのは、まさしく、D美こと三枝さえぐさ澪葉みおはが入水自殺をした海なのだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] な、なんだって(;゜Д゜) なるほど。海に来るわけですな(;゜Д゜) というか貴矢くん、もうガチで途中で捕まるんじゃないかな(;゜Д゜)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ