海の家(1)
国民の祝日である海の日は、7月の第3月曜日である。
そして、日本の本州の海開きは、7月の上旬から中旬にかけてである。
すると、海の日と海開きは大抵日にちがズレるわけだが、どういうことかと思いググってみると、そもそも海の日というのは、東北巡幸をしていた明治天皇を乗せた船が横浜港に到着した日を記念したものであり、海開きとは直接関係がないらしい。
いずれにせよ、今は6月下旬であり、海の日も海開きもだいぶ先である。
さらに海水浴とは縁遠い梅雨空の下、僕らは浜辺に集められた。
「怪談の会」の時と同様、招集をかけたのは石月さんで、招集をかけられたのは、僕と貴矢、そして、舞泉さんである。
「みんな、また日曜日に集まっていただき申し訳ありません」
ピンクの雨傘をさした石月さんが、恭しくお辞儀をする。
撥水性の良さそうな薄手のコートを羽織っている。色はもちろんピンク。
「生憎の天気だよな。せっかく小百合ちゃんの水着姿が見れると思ったのに」
相変わらず、貴矢は下心を隠すことを知らない。
貴矢は、スポーツブランドの黒いウインドブレーカーで、雨と薄寒さを凌いでいた。
「うふふ、野々原君、今の季節は海水浴場はやってませんよ」
石月さんが微笑みで受け流す。
おそらく僕らが今いる場所が海水浴場なのだろうが、天気が悪いこともあり、他に人は誰もいない。貸切状態だ。
「あと、ミト様の水着姿も見たかったんだけど」
「我は断じて水着など着ぬ!」
舞泉さんは、今日も厚着だ。
洒落っ気がないのも前回同様である。上は灰色のパーカーで、下も灰色のスウェット。
「別に、胸がないからって恥ずかしがることないと思うぜ」
「そういう問題ではない!」
胸がない、というのはだいぶ言い過ぎだが、舞泉さんの胸は控えめなサイズだとは思う。
「じゃあ、プールの授業のときはどうするんだ?」
「全て休む」
舞泉さんのことだから、本当にそうするのだろう。
舞泉さんは、露出を極端に嫌っている。
おそらく、お風呂に入るときも、服を着て……ということはさすがにないか。
「ところで石月さん、今日は何のために海に集まったの?」
今回も、前回と同じくらいの電車移動を余儀なくされた。
季節的にも天候的にも海には入れないのだから、何か海以外の目的があるのだろう。
「もしかして、このあたりにも石月家の別邸が?」
「いいえ。そんなにたくさん別邸は持っていません」
石月さんの基準だと、12箇所は「たくさん」の範疇に含まれないらしい。
「今日は祥子はいないのか? 我はてっきり、祥子がいるものだと……」
僕も舞泉さんと同じことを思っていた。
すなわち、僕らを呼び出したのは、石月さんではなく、石月さんのお姉さんだと。
招集の際に、石月さんが、僕らに目的地だけを告げ、目的を告げなかったことも、その疑念を一層強めていた。
「姉は今日は本邸にいます。ああ見えてものぐさなので、雨の日は、学校がない限り家から出ないんです」
「はあ」
しとしとと降る長雨程度で外出を渋るというのは、なかなかの出不精である。
とにかく、今日はあの破天荒少女はいないらしい。
僕は内心ホッとする。
「祥子がいないなら、今日我々が会う目的は一体何なのだ?」
「ミト様、そんなに気張るなよ。天気が悪いのは残念だけど、今日こそWデートをしようぜ」
「我は小百合に訊いている」
「つれないなあ……」
貴矢が口をへの字に曲げる。
「小百合、どうなのだ?」
「え? 目的……ですか? ただ単に、休みの日もみんなに会いたいな、って思ったんです」
「なぜこの場所なのだ?」
「……良いじゃないですか。雨の日の海」
――怪しい。おそらく石月さんは、僕らに何かを隠している。
「雨の中で立ち話もあれですから、そこでお茶しませんか?」
石月さんが唐突に指さしたのは、300メートルほど先の浜辺にポツンと1軒だけ立っている古民家である。
「小百合ちゃん、あれって海の家だよな?」
「ええ。そうです」
「閉まってるんじゃないか? まだシーズンじゃないから」
「大丈夫です。開いてます」
「本当?」
「はい。開いてます。さあさあ、野々原君、ほかのみんなも早く行きましょう。私についてきてください」
やはり怪しい。
とはいえ、さすが陸上部だけあり、石月さんの足は速い。
石月さんのに置いていかれないために、考えている暇はなかった。
「……たしかに開いてるね」
海の家の前に到着した。
膝に手をつき、肩を激しく上下させながら、僕がなんとか声を絞り出す。
文化部の人間にとっては、石月さんを追いかけるのは至難だった。
現役サッカー部の貴矢も、肩で息をしている。
舞泉さんは、マイペースで歩いているため、まだ道半ばだ。
僕が海の家が「開いてる」と判断したのは、「ソフトクリーム」と書かれた旗が入り口に出ていたことと、中の電気が点いていたからである。
他方、一見したところ、海の家の中には、お客さんも、店の人も誰もいないようだった。
僕らは舞泉さんが来るのを待ってから、正面入り口から海の家の中に入った。




