鬼の間(1)
「みんな、遠路はるばるお集まりいただきありがとうございます!」
頭上で燦々と輝く太陽と同じくらいに眩い石月さんの笑顔。
石月さんの私服は、彼女のイメージカラーであるピンクで統一されており、フリルの短めのスカートに、半袖の、裾の広いワッフル地のアッパーで、いずれも花の模様があしらわれている。
そして、例の雨の日にさしていたのとは別の、ピンク色の傘を日傘としてさしながら、石月さんは現れた。
待ち合わせ場所の駅は、千翔高校の最寄駅からは1時間ほど、電車を2度乗り継いだ先にあった。
それほど大きな駅ではなく、駅舎は古く、出口も1つしかない。出口はロータリーに接続しているものの、先ほど来、そこにタクシーやバスがやってくることもない。
梅雨の中休みの、ここぞとばかりに強まった陽光を遮るような高い建築物もない。
駅前の商店はいずれも寂れており、外から見る限り、開いているのか閉まっているのかさえ分からない。
一言で言うと「田舎」である。
僕が事前に思い描いていた場所とは大きく違っている。
「美都さん、その格好暑くないんですか?」
「大丈夫だ」
舞泉さんの私服は、黒い長袖のパーカーに、ダボっとした灰色のスウェットのズボンであり、お世辞にもオシャレとは言えないものだったし、石月さんの指摘どおり、季節にも合っていない。
「美都さん、日焼けするのが気になるんでしたら、私みたいに日傘をさせば良いんじゃないですか?」
「日焼けをしたくないのではない。肌を露出したくないのだ」
「美都さん、肌も白いし、痩せてるのにもったいないですよ!」
「そういう問題ではないのだ……」
肌を見せたくないというのは、おそらく、舞泉さんの「こだわり」のようなものだろう。
学校でいつまでもブレザーを脱がないのも、スカート丈を長く保ってるのも、制服の着こなしの範囲内で露出を防ぐためなのだと思う。
「それより、小百合」
「なんですか?」
「なぜ『下賤の者』がここにいるのだ?」
僕も全く同じ疑問を持っていた。
なぜ貴矢がここにいるのか――
「小百合ちゃん、私服もオシャレだね! 俺のためにありがとう!」
舞泉さんと僕の冷ややかな視線に気付かないのか、それともあえて気付かないようにしているのか、半袖短パン姿の貴矢は、石月さんのフェミニンな私服姿を見てハシャいでいる。
今日の集まりの目的は、「死体に関して心当たり」があるという石月さんが、舞泉さんと僕に対して、その「心当たり」を披露するというものである。
そのために、日曜日に、石月さんは、自らの家に舞泉さんと僕を招いてくれたのだ。
貴矢は明らかに部外者である。
「石月さん、どうして貴矢を呼んだの?」
「下賤の者」が誰のことか石月さんにはピンと来ていないようで、はてと首を傾げていたので、僕が舞泉さんの言葉を翻訳する。
「それはですね……」
「Wデートに決まってるよな! 小百合ちゃん!」
「Wデート!?」
思わず調子ハズレな声が出てしまう。貴矢の頭の中があまりにもお花畑過ぎるのだ。
そもそも、貴矢と石月さんは付き合っていないし、僕と舞泉さんだって然りだ。
「せっかくのデートなんだから、ミト様もオシャレしてくれば良いのに!」
「……シモベ君、この下賤の者をなんとかしてくれ」
舞泉さんは、貴矢に背を向けると、フードを被ってしゃがみ込んでしまった。全面拒否の体勢である。
というか、「ミト様」という呼称はどこからやってきたのか。
たしかに舞泉さんは新興宗教の教祖様っぽいところがあるが……
「まあ、私服がダサくても、中身が美少女ならそれで良しだな。休みの日にまでこんな可愛い子たちに囲まれて、俺は幸せだよ」
「シモベ君、早く下賤の者を摘み出してくれ!」
舞泉さんは、フードを深く被りながら、プルプルと震えている。よほど貴矢のことが苦手なのだろう。
「すみません。私、友達は多い方が良いと思って、野々原君に声を掛けただけだったのですが……」
「大丈夫。石月さんは悪くないよ……多分」
最後の方は口籠り、声が小さくなってしまう。
無邪気さは、ときに強力な邪気を上回るのかもしれない。
「小百合ちゃん、今日は天気も良いし、絶好のWデート日和だね。どこに行こうか?」
「今日は、私の家で美都さんと志茂部君に『大事な話』をする予定なんです。野々原君にもそう伝えていたはずなのですが……」
「『大事な話』って、俺と石月さんとが、結婚を前提に付き合ってるっていう話だろ?」
「違います。野々原さんとは友達です。それに、そんなことよりも『大事な話』なんです」
舞泉さんの邪気のない発言は、僕が貴矢の立場であったら間違いなく凹んだだろう。
しかし、貴矢は「俺たちの関係はこれからだもんな」とポジティブにのみ解釈した。
なお、石月さんの言う「大事な話」とは、舞泉さんが探している「死体」に関するものである。
僕は、石月さんの知っている情報がどんなものなのか、皆目見当がつかない。本当にそれが「大事な話」なのかもよく分からない。
「みなさん、それでは私の家まで案内します! ちゃんとついてきてくださいね!」
石月さんは、まるでこれからピクニックにでも行くような、浮かれた声で号令を掛けた。




