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これはあなたの友人からの懺悔です

作者: 夕霧湖畔

 実家の倉庫を整理していたら出て来た、古いラジオ。

 カセットテープすら使えずコンセントでしか聞けない骨董品物から聞こえて来たのは……。


 というお話です。ミステリー寄りのホラーなので、想像力を働かせてご覧下さい。

 物置というものは頻繁に使わない限り中を見るのも億劫なもので、よく使う物は奥に仕舞ったりはしない。使う物ほど手前に片付けるものだ。

 だからこそ普段の整理は手前だけで充分だし、重い物を運び出すと奥の整理まで考えるとどうしても気が重くなる。そもそも、普段使わないのだ。

 後回しにしても不自由が無く、そのうち何があったかも忘れてしまう。

 気が付けば何年も放置されて埃を被り続けてしまうのだ。


 面倒臭いという感情は、代々引き継がれるものらしい。

 両親が宝くじで一発当てて、今のボロ屋を立て直す費用は新築二件分かかると判明した結果、二人は田舎でスローライフを始める事にした。

 尤も完全な畑暮らしをするようなド田舎では無く、適度に町が近い住宅街。

 買い物にも徒歩で行ける程度の便利な場所だ。祖父母の家も近いので丁度良いからと、古い家は好きに使いなさいと権利書諸共、半月前に譲られた。

 全く以って面倒な話だ。一人暮らしには広過ぎて売るには安過ぎる。処分すると解体費がちょっと自分では払えないので、まあ二人の選択も納得出来る。

 何せ売らなければ新居購入費の余りを貯金して、年金と合わせて左団扇の生活が出来るのだから、自分だって同じ選択をしたと思う。

 それに自分にも悪い提案では無いのだ。家賃不要の家は使わない部屋が多過ぎるという以外に不満は無い。

 強いて言うなら先日裏手の丘が崩落して、昔遊んだ廃墟の天文台が一目で見える様になった際、跳ねた一本の枝が窓を割った部屋がある事か。

 気付くのが遅れて痛んでしまった部屋があるのだが、今は雨戸で塞いである。

 一人暮らしなら使わなければ問題も無い。今の所黴もなさそうだ。


 と言う訳で。今自分はこの家に何があるのかを把握する仕事をしているのだ。

 不用品があるのは分かっている。自分の趣味と両親の趣味は合わなかった。

 必要な物は全部持ち出したのだから、処分品は少しでも金に換えてやると手間賃目当てに片付けを進めているのが現状だ。

 家の方は大体片付いて、後はこの物置のみ。聞いて驚け、漆喰製の壁に中はほぼ全部木製である。昔は金庫代わりに使われており、壁も分厚く中には金属が使われている。だが見える場所は全て木製なのだ。

 中は十二畳、但し二階建ての階段付きのため実際は二畳分、更に出入り口側も含めると四畳は使用不可スペースとなる。

 頻繁に使っていたのは一階だ。二階となると何があったか碌に知らない。

 けれどそう言えば、大きな箪笥と木箱が沢山あったのは覚えている。

「いやぁ、思ったより大分小さいなぁ。」

 何というか、随分ともの悲しい広さだ。端的に言って、屋根裏部屋として使われていたのだろう。手前に仕切り代わりに箪笥や箱が積み重ねられており、奥の半分は窓の下に机がある他、床に畳が敷かれてゴロ寝に最適な広さがある。

 今でこそ埃が溜まっているが、成程箱の一つは布団入れだった訳か。

 親が此処に子供を入れたがらなかった訳だと、今更ながらに溜息一つ零れて積年の謎が解ける。

「この辺は自分で処分してくれないかな、ホント。」

 洋物金髪無修正の年代物。親の性癖など知りたくも無い。というよりこれを処分させられる身にもなってくれまいか。

 流石に資源ゴミに出す勇気が無い。焼却場で供養させて貰おう。

 慎重に階段を降りる際中、微妙に小さい段ボールがある。梅干しでも作っていたなら納得のいく大きさだが、生憎両親は壺の類を持ち合わせていない筈だ。

 手頃な机もある事だし、中身を確認させて貰おう。


「……これって、ラジオ?」

 随分と大きい、いや小さいのか。CDラジカセよりは大きいが、郷土資料館でも見る様なブラウン管テレビと比べると大分小さい。

 それにカセットテープを入れる場所も無い。両親は祖父母の荷物は何も持って来なかったと言っていたが、年齢的にはその頃では無いか。いや案外その前か?


「電源はコンセントか。ストーブもあるし、あれこの部屋思ったよりも快適?」

 窓の上には滑車があり、留め金を外せば窓の外に出る。

 窓から庭に重い荷物を下ろせるし、逆でも割と簡単に引き上げる事が出来た。

 日差しもまだ傾き始めで夕暮れには遠く、となると俄然先程の骨董品物のラジオが気になって来る。どの道片付けは今日で終わらない。

 むしろ今日予定した部分は概ね終わったのだから、夕食までに少しくらい調べる余裕はある。

 結局好奇心に負けて、コンセントを差し込むと突然ザザッと電波障害の様な音が鳴り響き、背後からの音量に内心で毒吐きながら心音を鎮める溜息を吐く。

 別に怖いのは苦手では無いが、大きな音だけは嫌いなのだ。パニックホラーは声が大き過ぎて内容が耳に入って来ない。怖い以前の問題だと思う。

 まあ兎に角動く事は分かったのだから、音量と電波の調整だ。確か古いラジオは周波数を主導で調整する筈だ。近場の基地局など把握して無いが、声が聞こえたら成功だろう。

 どっちが音量かとビクビクしながら調節していると、若い女、名前は分からないがハガキを読む番組を引き当てた様だ。

 ラジオを聞くのは何年振りだろうかと、自分でも驚くくらいうきうきしながら脇に仕舞われていたクッションを敷いて椅子に座って。聞き耳を立てる。

「これはあなたの友人からの懺悔です。」

 想像しながら聞いて下さいとの注釈に、そう言えばそろそろ夏も近いのだなと思い至る。そうか、これは怪談番組か。

 微妙に聞き取り辛い電波状況が雰囲気にぴったりだと思いながら、しかしこれは本末転倒になりかねない。

 机は階段を脇にして窓が横に来る配置だったが、中身も無かったので窓の下へと移動させてしまう。滑車は壁を移動させて窓の脇に移せばよい。

 階段は後ろ手にあり荷物が邪魔になって見えなくなったが、今日は来客の予定など無いので何も問題ない。急な来客でも窓から声が聞こえる筈だ。

 この辺は治安が良く、行方不明者こそあれど殺人事件など無縁の土地だ。

 行方不明者の家自体、当時は夜逃げではないかと言われたくらい目に見えて生活苦の家庭であり、盗みに入られたという線も無かったと聞いている。

 この辺で悪さをする人間と言えば近所の不良達であり。まあ平たく言ってお互いに顔見知りの相手だという訳だ。盗みに入るにも目立ち過ぎる。

 幸いにも音の不調はすぐに改善し、ペンネームに対する雑談で終わった様だ。

 手紙の内容は今から触れるらしい。

 何でも仮称Aさんは最近進学で疎遠になった友人がいたらしい。相手は最近家の事情で実家に帰って来たと知り、不安になって懺悔の心算で投稿したらしい。

「よくある話だとは思わずに聞いて下さい。想像して下さい。

 これはあなたの身近で起きた話なのです。」

 女性の言葉に成程と納得しながら、一本取られた気持ちで同意する。他人事だと思って聞く怪談と、心当たりに当て嵌めて聞く怪談ではのめり込み具合が違う。

 折角なので候補に挙がる友人達を思い浮かべながら聞くとしよう。

 手紙の彼も友人自体は数人いたらしく、一部は今でも連絡は取れるが、当時の事が原因で今まで自分から声をかける気にはなれなかったらしい。

 ならば今でも親しく連絡を取り合う彼女は違う訳だ。手紙の主は男だろうかと首を捻るが、性別が違ったら後でおかしな話になるので早めに明言して欲しい。

 願いは早々に叶い、これはどうやら投稿者の少年とその友人達の話だった。

 投稿者にはとある一件で疎遠になった友人達がいた。

 それは友人達が互いを信じられなくなった一件であり、今はお互いに連絡を取り合う事も無く、偶然会っても忘れた振りをして通り過ぎている。

 だが問題は、投稿者が真実を知っている事と、最近今も事情を知らず家庭の事情の所為で疎遠になった、特に親友と呼べる友人が近所に帰って来ているのだと偶然知ってしまった。

 その親友は実は一番の当事者で、何よりも彼らが疎遠になった理由だという。

 だがその親友は嫌われているどころか、恐らく今も全員が信用している唯一、皆が無罪だと証言出来る人物だった。

 親友だけが何も知らず、無関係で。

 ひょっとしたら、その親友が居れば問題は何も起きなかったのかも知れない。

 だが、けれどだからこそ。

 その親友にだけは責められたくなかった。今後も何も知らないでいて欲しい。

 それでも。再び罪悪感が顔を出してしまった。

 親友が例の、事件現場近くに戻って来ていると知ってしまった。

 このまま全てが知られてしまうなら、せめて自分から口を開こう。

 それが手紙を送った理由だと言う。

「……何だこれ。」

 思った以上に本格的な話のようだ。どうも葉書一枚読み上げると言う話では無いらしい。此処からは当時の状況を再現した物語になるという。

 少し時計を確認し、一時間は問題無いと結論付けて座り直す。少し曇って来たが外に出しっぱなしにした物も無い筈だ。改めて聞き耳を立てる。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 事の起こりは卒業を迎えた春休み前。

 多くの者が進学を決め、残りの者は家業を継ぎ。卒業後は当分会えない者も多いからと、思い出作りに全員で出かけようという話になった。

 とはいえ所詮学生の懐事情。遠出は出来ず、近所の小高い山、山頂付近の廃墟となった天文台。

 あそこで度胸試し代わりに一泊しないかという話でまとまった。


 登場人物は全てあだ名で呼ぶとしよう。

  一に、投稿者。 二に、親友。 三に、陽気娘。 四に、気障男。

  五に、角刈男。 六に、根暗男。

 計六人の参加者だ。 


 天文台には昼間集まり、寝る為に掃除用具は必要だったが、幸いにも大部分は除けるだけで済んだ。掃除もテントを張る部屋だけを終わらせて終いにした。

 昼食は持ち寄った食材で、少し遅めのバーベキュー。此処までは実に和やかに進んでいた。何だかんだと気の利いた親友のお陰もあったと思う。

 親友は社交的では無かった。むしろ口数は少なくオドオドしたところがあった。

 だが仲裁に入るタイミングが絶妙で、強く出るタイプでも無かったので多くは皆の聞き手に回り、話している間に冷静さを取り戻す事も多かった。

 それに人は見かけによらないというのか、意外に料理上手な一面もあった。

 偶に手作りの菓子を用意する親友に胃袋を掴まれた仲間達は、親友が仲裁に入った時が揉め事の辞め時というのがいつの間にか暗黙の了解となっていた。

 あれだけあくの強い面々が一つにまとまっていたのも、多分親友が居たからだと今なら断言出来る。あの独特の空気感が、皆の棘を和らげていたのだと。


 事の始まりは多分、投稿者に有った。

 バーベキュー後は後片付けと、キャンプ用具の設置係に別れた。

 夕食の下拵えもしたいとの事で、料理班には親友と陽気娘と気障男。

 設置係は投稿者に角刈男に根暗男。

 皆が寝る場所は二階の望遠鏡があった部屋と決めていた。

 今は台座ごと売却済みで、天井も開く事無く伽藍洞の大広間だけがある。

 最近のテントはワンタッチ式で、買ったのはロックを外せば支柱が自動で拡がり完成するタイプ。後は四隅を地面に固定すれば完成だが、これは建物内なので関係無い。強いて言うなら、テントの中の四隅に重り代わりの石を置いて完了だ。

 部屋割りは必要無かった。小さなテントを人数分、閉店セールだからと年老いた老夫婦に三割値で譲って貰えた。

 二人は半年と待たずに老衰で、誰かが形見分けみたいだと呟いていた。

 だから多分、一度は使ってみたいと思っていたのだ。

 椅子とランプを設置し、テーブルはテントとは別の一角に。

 準備が終わると角刈男に首を抱えられて、根暗男に後は任せたと廊下へ出た。

 角刈男は防音の効いた元設備室に入り、先日の話は聞いてくれたかと尋ねた。

 角刈男は陽気娘が好きだった。彼が高校になってから自分達のグループに加わったのは、偏に彼女とお近付きになりたかったからと言って良い。

 けれど駄目なのだ。彼女が見ているのは親友だから。

 彼女は自分に対抗意識を燃やし、自分が投稿者より先に出会ってさえいれば一番の親友は自分だったと公言して憚らない。幼馴染として対抗意識を燃やしているのだと、皆が思っていた。

 彼女は自分こそ親友一番の親友だと言っているが、何の事は無い。


〇親友が知らない第一の秘密。陽気娘が好きなのは親友だ。


 投稿者は角刈男に好きな奴が居るから脈が無い事を告げた。勿論詰め寄られたが勝手に明かすのまでは駄目だろうと、誰が好きかは黙っていた。

 この場にいる誰かだとは隠し通せなかったので、彼は思わず外へ駆け出して暫く戻らなかった。気持ちは分からないでも無かったので出る直前に声をかけた。

「散歩なら少し上ったところに小川があった。夕飯前には戻って来いよ。」

 上手く聞き取れなかったが、返事は有ったので大丈夫だろう。

「お前の事じゃないんだよな?」


 料理班は気障男が陽気娘に話題を振り、陽気娘が親友に話しかけ、親友が二人に指示を出しながら話題に答える。いつものパターンだ。

 この時の話は後で親友に教えて貰った。

 けれどこの時は少し気障男がいつも以上に食い下がったらしい。ならどんな男が好きなのかと聞かれ、陽気娘は頼れる人が良いと二階の方を見ながら答えた。

 気障男はそれではっとして、怒った様にもう良いと調理場を離れた。この時親友はワザと誤解させたのを窘めたが、陽気娘はゴメンと謝罪し、角刈男に謝っといて欲しいと頼み込んだ。

 親友は陽気娘の口から言うべきと言ったが、二人には前にそれとなく断っていると返され、誤解で済ますかは怪しいと頷かざるを得なかったという。

「ほんとゴメンね、他に頼れそうな人いなくって。」


 親友は夕食の声掛けの際にその事を伝える心算でいた。

 天気が曇って来たからと早めの食事にしないかとの提案もあった。天気予報では晴だったが、こうなっては期待出来ない。

 投稿者は角刈男の心当たりを教え、こっちでも脈が無い旨を教えた所だと伝えてフォローを頼んだ。気障男と根暗男は自分が声をかけると答えて。

 天文台の裏手で気障男は直ぐ見つかり、陽気娘の好きな相手知っていたかと聞かれて、勘違いには気付いた。けれど今解くべき誤解じゃないと思い。

「ああ知ってる。前に止めた事あったろ?」

「あの時は本気にしてなかったんだよ。

 流石に顔を合わせて一緒には食べらんねぇよ。」

 投稿者は、早いとこ忘れる様に告げて根暗男を探しに行った。


 根暗男は投稿者と何かとそりが合わなかった。

 投稿男は昔から運動が得意で、断ったものの何度か告白される程度には女子人気も高かった。一応イケメンの類なのは自覚しているし見た目も気を付けている。

 ただ本命に全く脈が無かった事もあって、軟派には振る舞えなかった。

 けれど余計に他の女子から人気を集めた辺り、本当に侭ならない。

 根暗男は逆に、口下手で女子から馬鹿にされ、何度か振られた事もある。

 けれど一番そりが合わない理由は他にある。

「女の敵が何の用だよ。お前と話をするだなんて真っ平だ。」

「お前未だ初恋引き摺ってんのかよ。大体それ濡れ衣だって言ってるだろ。」

「お前を見てそれを信じろってか?だったらお前は振った相手とずっと仲良くやっているのかよ。」

「振っても居ないし振られてない。

 そもそも俺達の間でその話は一度も出てないし、出たことが無い。」

 これも言った筈だぞと繰り返したが、根暗男は全く信じない。気になるなら直接本人に聞けばいいだろう。

 本人は笑って否定すると思っているが、根暗男は絶対にそれをしない。

 迷惑な話だと思いながら、食事が出来た事を告げる。

「揉めたくないならなんでお前が呼びに来るんだよ。

 どうせ親友の方はお前が都合の良い事言って遠ざけたんだろ。」

 仲の良い事でと鼻で笑う。ささくれ立つ思いを溜め息で塗り潰し。

「あいつは角刈男のフォローに行ったよ。

 お前もあいつにばっかり迷惑かけんな、あいつはお人好しなんだ。」

 溜息を吐いて先に戻ったが、彼が聞き入れる事は無いだろう。


〇親友が知らない第二の秘密。根暗男は初恋の相手が投稿者を好きだと勘違いしている。但し、投稿者の知る限りその事実は無い。


 親友はこの時、別れた直後の気障男と遭遇してたらしい。投稿者と分かれた直後に陽気娘が食器が無いと聞きに来て、簡単に説明した後の事だった。

 気障男が一緒に食べる気は無いと聞き、じゃあ体調不良って事で後で食べる事にして角刈男を探す手伝いを頼んだと聞いた。

 勿論見つけたら適当にぶらついて構わないと言われ、渋々ながら同行した。

 気障男は前にここへ来た事があり、角刈男を直ぐ見つける事が出来た。その場で分かれて角刈男に簡単に事情を説明し、陽気娘の謝罪と夕食の件を伝えている。

「はぁ。分かったよ、たく。あいつっていつもお前ばっかり頼るよな。」

 甘やかしている様に見えるかとの問いに、角刈男は俺達全員を、と答えた。


〇親友が知らない第三の秘密。戻り際、角刈男は親友の死角になる位置で、気障男から呼び出しの手紙を受け取った。


 食事時は気障男だけが欠けてたが、今振り返っても楽しい時間だった。

 食事前に親友と根暗男が気障男の食事をテントに届けておいたのは、本当の理由を知っている親友らしい気遣いだ。

 実際いつも親友と行動したがる陽気娘も、この時は異議を唱えなかった。

 食後の片付けは角刈り男と根暗男と陽気娘が担当する事になった。親友は既に朝食の仕込みを終えていたのも理由の一つだが、何より今回の主旨はみんなの思い出作りだ。気障男だけを除け者にして終わるには余りに気不味い。

 その辺りを言外に臭わせ、根暗男を協力させる事で何とか陽気娘を説得した。

 予定では、夕食後に皆で季節外れの花火をしようと幾つか用意していた。これは天文台の裏側に広い煉瓦の広場があると知った時に計画した話だ。

 投稿者と親友は二人で気障男の元を訪れ、軽く雑談した気障男は、明日の朝食は片付け含めて全部手伝うと請け負った。

 二人が戻ったところで食べ過ぎてお腹を壊したと根暗男が告げ、残っている片付けには結局親友と投稿者も参加する事になった。

 片付けが終わっても二人は来なかったので、今度は投稿者と角刈り男が探しに行く事になった辺りで、気障男が来た。

 改めて根暗男を捜しに行くと、慌てた根暗男が外から戻って来た。

「後で話があるから、裏手の崖下の川の奥へ来いよ。」

「その話はもうすんだろ。」

「そっちじゃない。来なかったら例の話を親友に相談するからな。」

「いい加減にしろよお前……。」

 舌打ちしたのが聞こえたのか、二人の小声に先頭の角刈り男が何か言ったかと聞き返したが、二人はいいやと答えて早く戻ろうと促した。


〇親友が知らない第四の秘密。投稿者が根暗男に呼び出されたのは崖上の岩場では無く、崖下の川の奥だった。


 花火は全員が揃って和やかに終わり、写真を撮りながら皆で騒いだ。

 後日この写真は、貴重なアリバイ兼全員が揃っていた最後の写真として警察の取り調べを受けたが、写真の焼き増しを提出したのは親友だったと言う。

 警察も親友が一番心配し、調査に協力的だったと言っており、親友が直後に進学の都合で町を離れても、特に疑いをかける事はなかったと言う。

 幸か不幸か、親友とは常に誰かが一緒に行動しており、アリバイは偶発的だったと証明されていたと言うのが警察の判断だった。



 事件が起きたのは、解散した後なのは間違いない。



 花火を片づけた後、気障男と角刈男が二人で散歩に出かけ、親友と陽気娘が雑談で話し込んでいる間に投稿者は根暗男に信用出来ないから先に行くように言われて席を立った。疑われないように時間差で行くとのことだった。

 だが投稿者は此処で、何処かで言い争うような声が聞こえた。

 投稿者は少し迷ったが、先に声の出所を捜す事にした。どうせ根暗男が来るのは直ぐじゃないのだ。いっそ少しくらい待たせてやれとも思った。

 声は崖上の岩場から聞こえており、近付くにつれ争っているのは気障男と角刈男だと気付き、投稿者は天文台の裏側、花火をした広場を通って裏手に進み、天文台を背にしてこっそりと聞き耳を立てた。

 話は陽気娘との関係を詰るもので、角刈男は真実を知っているため苦い思いを噛み潰しながらの反論になり、結果互いにヒートアップしたものの様だった。

 流石にコレ以上は不味いと思ったところで、襟首に掴みかかった気障男が角刈男に突き飛ばされて、崖下に落ちてしまった。

「お、おい。お前なんて事を!」

「う、うるせえ!下の川は深いからちょっとぐらい大丈夫だよ!」

 実際駆け付ける前に水音が響き、しかし引き上げようとした投稿者の腕を角刈男が掴んで引っ張った。

「良いんだよ!ちょっとぐらい放っておけ!

 大体あいつ一人の為に全部台無しにする気かよ!ちょっとくらい水ん中で頭冷やせば少しはマシになるだろうさ!」

「分かった、分かったから腕引っ張るなよ。」

 水音が一回しか聞こえなかったのは気になったが、実際気障男が話をぶり返したのが問題だとは投稿者も思ってはいた。

 それに角刈男を場に連れて行くのも問題だと思ったので、一旦二人揃って天文台の中に戻る事にした。


 戻った天文台の中ではテント前に並べたテーブルの前で、親友と陽気娘の二人で雑談に花を咲かせていた。既に根暗男は待ち合わせ場所に向かった様だ。

 投稿者も向かおうと思ったが、角刈男に気障男の所へかと小声で疑われたので、また少し間を開けて行く事にして、二人の元へ合流した。

 親友はいつもの如くだったが、陽気娘は二人っきりの話に水を差されたと感じたのか、ニコニコ顔で口を膨らませて文句を言った。

「もう、折角二人っきりだったんだから気を利かせなさいよね!」

 だが流石にこの物言いは無神経が過ぎた。幾ら角刈男が好意を抱いている、いや抱いているからこそ。

 応える気も無い癖に後始末を押し付けた陽気娘の物言いに対し、腹を立てるのは当然の事だった。

 実際巻き込まれた投稿者自身もムッとしたし、親友も仲裁に匙を投げた。

 流石に旗色の悪さを感じ取った陽気娘だったが素直に受け入れられるかと言えばそうでもない。とは言え、強気に出られる筈も無く。

 最終的に、気障男のフォローを陽気娘自身が行うという事で話がまとまった。

 実際気障男の無事を確かめて貰う意味でも、投稿者も提案に賛成だった。


 暫く投稿者達は三人で雑談をしながら、陽気娘が気障男を連れて戻るのを待っていた。その間根暗男が戻って来る事も無く、二人が戻って来た後も来ない様ならと今度は親友と角刈男が探しに行こうと決めておいた。


●親友が知らない第五の秘密は、この時の話になる。


 やがて雨が降り出し、玄関に向かったところで青い顔の陽気娘が戻って来た。

 彼女は雨に濡れた体で震えており、探したけれど見つからず、雨が降って来たので戻って来たのだと言う。

 親友は気障男と根暗男を探しに行こうとしたが、陽気娘は必死で親友にしがみ付いて一人にしないでと訴えた。

 彼女の心情を思えば角刈男と二人きりにも出来ない。けれど角刈男が投稿者だけで行くのは危険だと言い出した。

 一番安全なのは天文台の中だと、三人で探しに行くべきだと主張する。多分親友に対する嫉妬もあったと思うが、実際雨は話している間に勢いを増した。

 大振りの気配が増した今、二次遭難を考えれば一人では危ない。だが川に気障男を突き落とした角刈男が、素直に川周りを捜索するとは思えない。

 迷っているところに、雨に濡れた根暗男が開口一番四人を見て口にした。

「な、何でお前が此処にいるんだよ!」

 投稿者には言ってる意味が分かったが、三人が首を捻る。

「待った、外で誰か見たのか?今気障男が外に居る筈なんだ。」

 親友は後で、見間違えたかと思ったと言った。だが根暗男は震える手で投稿者を指差して告げた。

「い、いや。違う。俺が見たのは、お前だった。」

「いや、それはおかしいぞ。コイツはオレと一緒にココへ戻って来たんだ。」

 そこで投稿者はふと思い付き、さも待ち合わせ場所だと思っていた様に角刈男の話に便乗する事にした。

「あ、ああ。ここの裏手の、崖上の岩場でな。先客がいるとは思わなくて。

 で、お前こそ何処へ行ってたんだ?」

 投稿者は言外にお前が呼び出したろと視線で咎め、聞き間違えた振りをした。

「い、いや!でも確かに!」

「幽霊よ!きっと此処に出るっていう噂の幽霊よ!

 わたしもさっき見たの!」

 納得しない根暗男に賛同したのは、陽気娘だった。

「は?じゃあお前はどんな幽霊を見たんだよ。」

「あ、あなたよ角刈男!森の方に走っていくあなたに似た影を見たの!

 けど一人でってのは変だと思って先ず傘も欲しくて、それでこっち来たら全員が揃っていたの!だから気のせいだと思って今まで言わなかったのよ!」


 そこまでラジオを聴きながら、ふと何処かで聞いた話だと首を捻る。

「『えっと、もしも自分達の誰かが二人いたとしたら気を付けて。

 あなた達の中にこれから一人、死ぬ人が紛れている。って奴?』」

 ラジオの音声と自分の声音が揃い。絶句したままラジオの朗読は続く。


「つまりその『天文台の幽霊』って怪談に出てきた幽霊が、二人の見た『偽物の友人』って奴になるって話だよな?

 二人別人を見たって事は、二人死ぬって事か?」

「いやそれは俺も聞いたことあるけど、増えた奴は単に死神が紛れているからって話じゃなかったか?」

 そこまで話し、全員の間に気まずい沈黙が下りた。

 何せ丁度今、この場には一人仲間が欠けていたのだから。

「お、俺ちょっと行ってくる!」

「あ、ちょっと!一人は駄目だって!」

「待って!置いてかないで!」

 慌てて傘を掴んで駆け出した角刈男を親友が追いかけようとして、慌てた陽気娘が腕にしがみ付く。迷ってはいるが、そこで腕を振り払えるような親友じゃない。

「お前達は入れ違いにならないように此処で待ってろ!

 角刈男は俺達が追いかける!」

「お、お前と一緒だなんて御免だ!俺は一人で探しに行くぞ!」

 投稿者の言葉に弾かれた様に根暗男が雨の中に走り出し、投稿者も舌打ちしながら雨の中に走り出した。

 流石に根暗男の後を追う訳にもいかない。というより、後を追っても投稿者の指示に従ってくれるとは思えなかった。

 諦めて投稿者は、気障男が落ちたと思える場所へと足を進め。

 そこで角刈男の悲鳴を聞いた。


●親友が知らない第六の秘密は、投稿者視点ではない。


 この時、根暗男は慌てて戻って来た。角刈男の悲鳴を聞いたのだが聞こえたかと確認しに来たのだと言ったらしい。

 慌てて親友が出ようとしたが、今度は陽気娘と根暗男の二人に止められて断念するしか無かったという。


●親友が知らない第七の秘密。これは投稿者視点での話だ。


 この後、角刈男と気障男は二人共天文台に戻って来なかった。

 投稿者は誰も見つからず、悲鳴も聞き取れなかったと言って根暗男が戻ってからしばらく後に戻って来た。

 雨足はさらに強く、これ以上の捜索は二次遭難になると結論付けて今日は四人で寝る事にした。


 翌朝。親友の元に角刈男から電話が掛かって来た。雨が弱まり、電波が復旧したかと思ってかけて見たらしい。

 電話によると角刈男は崖で足を滑らせ怪我をしたと言う。天文台に戻るのは途中の山道が辛いから、家に戻ってから電話したが繋がらなかったとの話だった。

 投稿者は雨が弱まったのを幸いに、一旦四人で山を下りる事を提案した。

 捜索は警察の手を借りるべきだと告げ、今は土砂崩れによる二次遭難の危険が未だ去っていないと三人を説得したのだ。

 親友だけは難色を示したが、陽気娘と根暗男の二人を心配すべきだと言う指摘に納得し、四人で先ずは警察に駆け込んだ。


 この後、警察に同行し案内したのは投稿者だった。日を置いて親友も現場の証言と捜索に加わったが、数日後に事前の予定通り上京。


 そのまま気障男は行方不明のままだ。


 以後、陽気娘は以前とは打って変わった様に口数が減り、地元から離れた企業に就職したと後日聞かされた。


 角刈男は捜索にも協力せず、証言も最低限しか無く支離滅裂なもので。当時一番疑われた結果、仲間とは二度と共に行動をせずに交通事故を起こして死んだ。


 根暗男は最低限の証言をした後は一切出歩かず引き籠り、風邪を拗らせて発見が遅れ、そのまま病死している。


 投稿者は親友と別れて以来、捜査協力も止めてかつての友人達との連絡を絶ち、今は地元企業で働いている。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


『此処からは投稿者の推測と、体験談を合わせた当時の真相の推測と懺悔です。』

 ラジオから流れる声から耳を離せず、しかし猛烈な寒気と眩暈が我が身を苛んでこれ以上聞いてはならないと沸き立つ恐怖が警告する。

 そうだ、自分はこのラジオから聞こえる物語に覚えがある。

 いや、と言うより。

(……そうだ。何であれだけ一緒にいた友人達と疎遠になっていたのに、今の今迄疑問に思わなかったんだ?)

 自分はこの物語の中に、登場人物として語られていた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


●ここから語られるのは、第五の秘密の推測だ。

 先ず一つ。本人から聞き出した事だが、陽気娘は『天文台の幽霊』など見ていなかった。本人が聞いたのは角刈男の悲鳴だと言っていたが、恐らく嘘だ。


 陽気娘が向かったのは、天文台の裏手の崖上の岩場、その少し手前の辺りだったところまでは聞き出した。

 この段階では特に意味は無く、強いて言うなら天文台から余り遠くに離れたくなかったから。もしもっと時間があれば、或いは雨が降らなければ。

 陽気娘は森の方に向かったかも知れない。そんな些細な偶然。


 陽気娘は、此処に在ったゴミの山の一つに腰かけ、そのゴミの山を倒壊させた時に悲鳴を聞いたのだ。

 当然その時真っ先に脳裏に浮かんだ相手は気障男の筈。だからこそ陽気娘は一人で天文台に戻り、親友が気障男を探しに行く事を拒んだ。

 この時彼女と根暗男だけがアリバイの無い人間であり、特に陽気娘は気障男を探すために現地に向かったのだから。

 陽気娘はきっと慌てただろう。だから根暗男の言葉に便乗した。聞こえた悲鳴を悲鳴では無く人影だと言い張り、危害を加える動機のある角刈男を指名した。


●次は、第六の秘密の推測だ。

 登場人物は、根暗男、気障男、角刈男。

 先ず。ゴミの山の下は、裏手の崖下の川の奥。

 ゴミの山が崩れたのは根暗男が投稿者を殺すために仕掛けた罠だ。用意したタイミングは第四の秘密で投稿者を呼び出す前。

 角刈男に突き落とされた気障男が、此処で川から這いだして休んでいた。陽気娘がゴミ山の罠を作動させたのはこの時だろう。

 悲鳴に驚いた陽気娘は慌てて逃げ出し、逆に悲鳴を聞いて根暗男が駆け付けた。


 第六の秘密は最初に駆け付けた根暗男から始まる。現場に駆け付けた根暗男は、自分が呼び出した投稿者だと思った筈だ。ひょっとしたらざまあみろと勝ち誇ったかも知れない。

「お前、俺を殺そうとしたのか。」

 この時気障男は未だ息があった。驚いた根暗男は我を忘れ、慌てて気障男に止めを刺した。気障男を殺したのは陽気娘ではない。根暗男だ。


 根暗男は我に返り、慌てて確認もせずにこの場を立ち去り、そして天文台に戻り投稿者と対面する。自分が誰を殺したのかも気付いた筈だ。

 だから根暗男はアリバイが無い筈の投稿者を見たと嘘を吐いた。自分が殺したと思い込んだ陽気娘も便乗する。

 だが事情を知らない角刈男は、一人走り出してアリバイを失う。


 角刈男は自分が気障男を突き落とした崖上を捜さない。川沿いに捜して、ゴミの下敷きになった気障男の死体を見つける。そして自分が失敗したと気付く。

 角刈男はとっさに気障男が事故死したと思い込んだ。自分には殺す動機があり、しかも川から突き落とした現場を投稿者に見られている。もしこれが殺人だと判断されたらアリバイも無く動機もある自分が最有力だ。


 角刈男は気障男の死体の顔を潰し、川底に沈めようとして自分が落ちた。咄嗟に悲鳴を上げて、流された状態で川から上がった時。

 悲鳴を聞いた投稿者が角刈男を呼ぶ声にパニックになり、天文台を逃げ出した。

 翌日幾分かの冷静さを取り戻した角刈男は、気障男など見なかった振りして全てを闇に葬ろうと支離滅裂な失言を指摘される。

 だがゴミ山の下には血の痕跡はあれど死体は見つかっていない。


●次は、第七の秘密。その懺悔だ。

 第四の秘密で呼び出された投稿者は。

 裏手の崖下の川の奥に。

 倒壊したゴミに体を潰された、顔の潰れた人間の死体を見つけていた。

 最初は角刈男かと思ったが違う。誰かが川に落ちた泥濘の跡があり、恐らく死体を引きずり出そうとした。体は傷だらけで、これは殺人だ。

 顔を潰されたのなら落ちたのは角刈男だ。殺す動機がはっきりしており、川からも突き落とした最有力候補。けど投稿者から見れば違う。

 此処は天文台の裏手の崖下の川の奥。根暗男に呼び出された場所。

 角刈男が息の有った気障男を殺すだろうか、否だ。普通に考えれば事故なのだ。

 慌てて助け出し、助けを呼ぶだろう。彼はどちらも振られたと知っている。

「お前は俺を殺そうとしたんだな、根暗男。」

 投稿者は死体を運び出し、崖下の洞窟の奥に放り込んだ。天文台からは離れ死角になっており、事故で落ちたとしても入り込めない民家の裏手。

 幸いにも今民家の住民は居ない。血は雨で流れ切ったのか痕跡一つ無い。

 割れ目の一つに放り込み、臭いでバレないように蓋をして。


 投稿者は何食わぬ顔で天文台に戻った。

「駄目だ、雨が邪魔で何も見つからない。角刈男は戻ってないのか?」

 さぞ根暗男は肝を冷やしただろう。親友は心配するだろうが、友人が友人を殺したと知るよりはずっと良い。問題は、根暗男が消えた死体をどう思うかだ。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 思い出した。

 あの時全員が何も知らないと答えていた。

「……変だ。」

 何で今の今まで連絡したいと思わなかったのだろう。

 あんなに仲の良かった友人達の行方を、今の今まで自分は知ろうとしなかった。

 自分は事件に何も関わっていなかった。全て裏で起きていた。

「何で、あの時の事を思い出さなかったんだ?

 恐ろしい出来事は全て、知らない所で起きていた筈なのに。」

 自分があの当時を忘れたいと思う、特別な理由が、今のラジオから聞こえた話には全く無い。自分は友人達を疑っていた?死体も見つかる前から?

 今ラジオから聞いた懺悔すら、偶然だったのに?

「いや違う。町で殺人事件があったなんて聞いてない。」

 思わず倉庫を駆け下り、スコップを持って走り出す。外は雨が降り始めていて、適当にレインコートを羽織って走り出す。

 先日の土砂崩れ。雨が家に振り込み、修理費くらい有るのに家が傷むのも無視しながら放置した、崩れた塀の向こう。

 見上げた土砂の上から遠くに覗く、あの部屋からも見える様になった天文台。

 心当たりがある。

 子供の頃遊んだ、秘密の洞窟。

 埋もれかけた入り口を掘り進み、額に流れる汗に構わず。

(何を見つけた?何を忘れている?)

 洞窟の奥の秘密基地。二人だった頃に遊んだ秘密の場所。

 危険だからと怒られて、一度は塞がれた思い出の場所。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 思い出す。自分はあの日、病院のベッドに寝ていた。

 後頭部を強く殴られ、丘の麓を徘徊して、通りすがりの人にあって倒れていたと目が覚めてから聞いた。何故殴られたのか、何も覚えていなかった。

 警察はどんな手がかりでも良いと何度も聞かれたが、誰が行方不明になったかも数日間の間は何度も忘れたらしい。

 意識がはっきりした頃には、事件当日の記憶も既に曖昧だった。

 ここで大学へ入学するのは療養の為にも良いだろうと、警察から名刺を受け取り何か思い出したら連絡してくれと念を押されて旅立った。

 警察に疑われない訳だ。自分は明らかに被害者で口封じされた側だった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 頭痛がするのも構わず、入り口を広げて掘り進む。

 荒い呼吸を静めながら、人が入れる隙間を作って洞窟の中に入る。

 ここは鍾乳洞じゃない。割れ目が広がって土が流れ出た洞窟を、昔の誰かが補強して神棚を置いて祭壇を作った。

 子供には広くて、大人には小さな洞窟。入り口は広く奥は狭く、神棚の前で手を伸ばせば友人ならば天井に手が届くだろうか。

 足元は柔らかく少し崩れていて、今なら自分でも天井に手が届く。

 秘密基地はここじゃない。神棚からは見えていない。

 神棚の脇の凹みの亀裂。両手を差し込んで上ると死角だった天井脇に、大人が立てる広さの側洞が顔を覗かせる。

 この側洞の横の窪みこそが秘密基地。ブルーシートと錆びたテーブル、粗大ごみを拾った戦利品だ。大分昔に電池の切れた懐中電灯は、後で大事になって返すに返せなかった思い出の品。

 ここじゃない。此処には何もある筈が無い。

 あるのはこの岩で塞がれた側洞の方、いつでも塞げるもう一つの出入り口。

 見た目よりもずっと軽い軽石の大岩は、脇の凹みから子供の力でも動かせた。

「……ここだ。」

 軽石の扉を凹みに戻す。扉の先は、もう一つの出口は土で埋められていた。

 息苦しい。呼吸が荒くなり、頭痛が増す。空気の流れは微かにある。

 軍手で土を掻き出し、壊さないように丁寧に掘り進める。

 早鐘の様に心臓が鳴る。深呼吸した喉が渇いて苦しい。

「……何でだよ。おかしいだろ、こんなの。」

 出てきたのは三つの白骨死体。


 頭が割れるように痛い。洞窟を照らすランプの明かり。


 脳裏に過ぎるのは、倒れた二人の男女の死に顔。


 洞窟から漏れた明かりに気付き、誰かいるのかと声をかけて中に入り。



 聞いたのは夜逃げだ。誰が?決まっている。気障男の家だ。

 家族はどうした?両親がいた筈だ。

 息子が突然いなくなって捜さなかったのだろうか。そんなに仲の悪い家族じゃあ無かった筈なのに。


 探したのだ。そして追いかけた。そこで気付かれて。


「……なぁ、一体どうすれば良かったんだ?」



 後頭部が痛む。衝撃で揺らぐ。


 意識があったのはそこまでだ。

 親友の性別は可変式です。男でも女でもどちらでも問題無く読める筈ですが、人間関係が若干変わります。罪深いねw

 主人公は口下手で保護欲をそそる所があるのに、気付いたら皆フォローされている。そんな人物像をイメージしました。


 さて、懺悔したのは一体誰?

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