摩耗する精神
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──摩耗する精神
戦闘は継続する。
的矢は自分とともに戦って死んだ日本情報軍の兵士を射殺する。
陸奥も、信濃も、ネイトも、シャーリーも自分の傍で死んでいった戦友たちをもう一度殺している。いや、あれは幻覚だ。実際に的矢たちは戦友を殺しているわけではない。ダンジョンが生み出した幻覚を殺しているだけなのだ。
そう分っていても、的矢たちの精神的損耗は無視できなくなっていた。
血塗れの死んだ時の姿のまま現れる戦友たち。椎葉の視界を通じても、的矢たちにはそう見える。幻覚が見える。的矢たちは市ヶ谷地下ダンジョンのことを思い出しながら、必死になって化け物たちを殺していった。
俺たちが殺しているのは化け物だ。かつての戦友ではないと言い聞かせながら。
殺して、殺して、殺して……。
「大尉……。助けて……。助けてください……」
「黙れ。お前たちは化け物だ。人間の言葉を喋るな」
ついに幻聴まで聞こえてきた的矢たちが必死にレイスたちを殺す。
幻覚を見せているのはレイスだ。的矢たちをそれを射殺していく。
「大尉……。あなたは俺たちを見捨てた……」
「また見捨てるんですか……」
レイスたちが、的矢の戦友たちの姿をしたレイスたちが口々に的矢たちを責めながら、進んでいる。
『殺せ。ぶち殺せ。死者をこれ以上冒涜させるな。殺せ』
了解という返事が返ってこない。病気だとも言われない。
もはや全員が病気なのだ。戦友の幻覚を見ているのは、戦友の幻聴を聞いているのは、もはやそれは病気なのだ。
PTSDがなんだ。これこそが本物の病気だ。これをどうにかできるものならば、して見ろというんだ。俺たちは地獄の中にいて、地獄で戦っている。いや、地獄に限りなく近いところだ。ここはまだ冷たい。
的矢たちは殺し続ける。
「ああ。大尉……。何故、助けてくれなかったんですか……」
黙れ。黙れ。黙れ、化け物ども。
《落ち着いて。あれは完全な幻覚。君が参ってしまったら、誰がこのチームの指揮を取るんだい。しっかりして。しっかりと化け物を照準して、射殺して。余計なことは考えない。奴らは思考を読んでいる。シジウィック発火現象から思考を読んでいる。だから、ダメージを受けていることは隠さないとダメ》
分かっている。分かっているとも。だが、あいつらは、あいつらは俺の戦友だったんだぞ? それを殺し続けることに耐えられるというのか?
《あれはレイス。君の戦友じゃない。君の戦友の魂でもない。ダンジョンが君たちの思考を読んで生み出した幻覚。そして、幻聴。あれは化け物だから。安心して殺して。そうじゃないと君たちが他の人間にとっての傷になってしまうよ》
クソッタレ。分かった、ラル。怯えない。俺は殺す。
《そうそれでいい》
ああ。それでいい。
化け物どもを殺すのは得意だろう? なら、その腕前を思う存分発揮してやろうぜ。クソッタレな化け物どもに退魔の銃弾を、だ。
的矢と椎葉は必死になって化け物を殺す。殺し続ける。
陸奥も的矢の姿を見て、化け物を殺し始め、信濃も意を決した。
ネイトも苦しみながら撃つが、シャーリーは動けない。
『どうした、アルファ・シックス。撃て』
『撃てない』
『あいつらは化け物だ』
『違う。ワシントンメトロダンジョンで死んだ戦友たち』
シャーリーの手は完全に止まっている。
『アルファ・ファイブ。アルファ・シックスに射撃させろ。手が足りない』
『シャーリー。撃て。あれは化け物だ。人間じゃない。戦友でもない』
的矢とネイトが次々にそういう。
『だけれど……』
シャーリーの目にはワシントンメトロダンジョンで死んでいった戦友たちの姿が映っていた。ワシントンメトロダンジョンという名の地獄で戦った戦友たち。その最期に見た姿が映っていた。
故に撃てない。
だが、撃たなければ、部隊に損害が出る。
「中尉……」
「中尉……。我々を見捨てないでくれ……」
シャーリーに向けて化け物たちが呻くように言葉を吐く。
『撃てない。彼らを撃つことなんてできない』
『撃て、シャーリー! また死なせることになるぞ!』
ネイトが叫ぶ。
『畜生。化け物どもめ。忌々しい化け物どもめ。片っ端から殺してやる』
的矢はもう振り切って撃ち続けていた。
シャーリーの戦友たちが、ワシントンメトロダンジョンで死んでいった戦友たちが殺されて行く。的矢たちの手によって殺されて行く。
『クソ』
シャーリーが短く悪態をつく。
あれは化け物だ。かつての戦友たちなどではない。それを理解しろ。それを叩き込め。そして敵に銃弾を叩き込め。
シャーリーが銃を構える。
「中尉……。また俺たちを見捨てるのか……」
「私の戦友を騙るな化け物ども」
シャーリーが引き金を引いてレイスを撃ち抜いていく。
レイスは瞬く間に数を減らしていき、そして全滅した。
『クリア』
『クリア』
そして、フロアから化け物が一掃されたことを的矢と椎葉が確認する。
『このまま進めるか?』
『進むしかないだろう。連中がどんなクソッタレな方法を使って来ようと、俺たちはそいつらを殺さなければならない。殺し続けるしかない。そうしなければ、このダンジョンは攻略できない。それだけだ』
とは言え、的矢も今回はかなり響いた。
かつての戦友たちが口々に呻きながら群がってくるのだ。死んだ当時の姿で。化け物に食い殺された兵士は化け物に食い殺された姿で。化け物に八つ裂きにされた兵士はバラバラになった体を引きずって。
地獄だ。地獄はそこにある。俺たちは地獄に向かって進んでいる。
《その通り。この先にあるのは地獄だ。地獄が待ち構えている。地獄が蓋を開こうと待ち構えている。地獄の蓋が開くよ。地獄は暖かい。ここは冷たい》
確かに寒気はするものだ。
『アルファ・フォー。このまま進め。お前でもポイントマンは務まる。いや、今の状況ではお前しか務まらない』
『りょ、了解』
椎葉は椎葉で初めてのポイントマンという役割にビビっている。
彼女のミスで部隊が損害を出すと思うと、椎葉がビビるのも当然と言える。
だが、今のところ幻覚の影響を受けない彼女でなければ、間違った判断を下しかねない。指揮官である的矢すらも椎葉の報告で指示を出しているのだ。彼自身の目に映るのが、幻覚であるために。
脳みそにナノマシンを叩き込んでいるのに幻覚と見るとはと的矢は思う。
俺たちは全てを克服したつもりが、まるで世界について分かっちゃいなかったんだなと的矢は精神科医たちを呪うように思う。
地獄はそこにある。地獄こそが、地獄と地上の歪みが化け物たちを生み出している。
ならば、全て殺すだけだ。
全て殺して突き進む。
ああ。そうだ。“グリムリーパー作戦”がある。
だからなんだ? 化け物は死ぬべきだろう?
俺は軍人だ。命令には従う。化け物を殺し続け、殺し続け、殺し続ける。
その先にあるのが何だろうと知ったことか。
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