降り注ぐ爆薬
本日4回目の更新です。
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──降り注ぐ爆薬
15階層までの探索は楽なものだった。
またゴブリン、コボルト、オーク、オーガと化け物の四馬鹿揃い。
片っ端から鉛玉と爆薬を叩き込んで掃除はお終い。特筆するべきことも、大したトラブルもなく、15階層まではクリアになった。
的矢が半ば予想していたように生存者もゼロ。民間人を退避させる予定だったブラボー・セルは退屈することになった。
そして、作戦中にセットした各地点へのマーカーに向けて日本国防四軍──日本陸海空情報軍が総攻撃を仕掛けることになった。日本情報軍の役割は弾着観測だけだし、なんならそれも日本陸軍のFOがやるので日本情報軍はダンジョン内に生存者はいなかったと報告するだけである。
『いいんですかね。15階層以上抜けるような砲爆撃になりますよ』
『アリバイは作った。俺たちは地下に潜り、生存者はいませんでした、と報告した。軍としては最善を尽くしたというアリバイはそれで出来上がりだ』
『なんとまあ。我々も随分と人でなしですね、ボス』
『常識的に考えて、ダンジョン発生から2ヵ月が経ったダンジョンで民間人の生き残りがいる可能性は極めて低い。構いはしないのさ、軍曹』
そして、日本陸軍の砲撃から作戦はスタートした。
日本陸軍の砲兵の一斉砲撃が降り注ぐ。
『地対地ミサイルだ。弾頭は電子励起炸薬だな。付近のビルが吹っ飛ぶぞ』
的矢たちは桜町臨時拠点が撤去された場所からさらに離れた商業ビルの屋上からパーティーを観覧していたが、日本陸軍の使った電子励起弾頭の地対地ミサイルの衝撃で周辺のビルの窓が残らず吹っ飛ぶのが見えた。
『海軍もぶち込み始めたみたいですよ』
『向こうは地中貫通型巡航ミサイルか。やりたい放題だな』
日本海軍の巡航ミサイルは熊本ダンジョン天井上部でポップすると急降下してその日本陸軍が作った脆弱になった天井に突き刺さり内部で炸裂した。熊本ダンジョンが噴火を起こしたかのように構造物を上空に放り上げるのが見える。
《君たち人類は何かを作っているより何かを壊しているときの方が長いんじゃないかな。それぐらい君たちは破壊に技術を注いでいる。この世界で生まれた全ての発明は武器になる。どういう形であれ、完全に平和な発明品なんてない》
ある意味ではそうかもしれんな。だが、壊してばかりでいたらここまで文明は発達してないぞ、間抜け。
『海軍の第二撃が来ますよ、ボス』
『核兵器でも使わない限り、そんなに騒ぐな、軍曹』
『すいません、ボス……』
椎葉はしょんぼりとした声を返してきた。
海軍の第二撃が飛来する。恐らくは戦略打撃潜水艦からの攻撃だろう。無数の巡航ミサイルが波状攻撃で飛来し次々に炸裂していく。
『弾薬の一斉処分セールだな』
《軍需産業が儲かるために攻撃を行わせているのかもね》
今どきの軍需産業は儲からないんだぞ。知らないことを口にするな。
《知ってることだけを口にしようか? あのダンジョンの最下層に降りたとき、君たちは地獄を見ることになる》
そうかい。どうせ口からでまかせだろう。
《酷いな。ボクは本当に知っていることだけを口にしたのに》
信用性がない。
『空軍が爆撃を開始する模様。うちの空軍ってどういう経緯でバンカーバスターなんて導入したんでしたっけ?』
『敵のミサイルサイロを叩くためだ、軍曹』
敵基地攻撃能力の必要性に迫られてからそれらが実装されるまでのスピードは恐ろしく早かったと的矢は記憶している。
SEAD任務部隊が設立され、長距離爆撃機が導入され、電子戦機が導入され、巡航ミサイルが導入され、早期警戒衛星が配備され、瞬く間に日本空軍の敵基地攻撃能力は獲得された。
あの時は国民全体が熱狂的に軍拡を支持していた。アジアの戦争が始まるほんの数年前までの出来事だ。誰もがアジアでの戦争を予防するために軍事力に力を入れることに熱狂的になっていた。
だが、結局戦争は起きた。
それでいて、バンカーバスターが使われるようなことは起きなかった。そういう任務はもっぱら日本空軍より戦略空軍の運用に長けたアメリカ空軍が行っていた。
バンカーバスターは死蔵されたまま。ダンジョンが現れてからも使用されるのはこれが初めてだ。何せダンジョンというのは市街地の地下街などに寄生するものだから、日本空軍としても自国の都市を爆撃するわけにはいかなかったし、ダンジョン攻略初期はまだ中に民間人が取り残されていると明白に言えた。
『バンカーバスター投下、バンカーバスター投下』
『騒ぐなと言っただろう、軍曹』
『すみません……』
日本空軍の保有するバンカーバスターは熊本ダンジョンのマーカーされた位置まで突き刺さり、そこで電子励起炸薬を炸裂させる。再びダンジョンが大噴火を起こしたかのように土煙が舞い上がる。
日本空軍のよる爆撃は3回行われ、熊本ダンジョンを徹底的に破壊した。
いや、徹底的にというと間違いか。彼らはあくまで15階層までを破壊しただけだ。
少なくとも国防軍統合参謀本部が発表するところではそうなるはずだ。
《君たちは実際にところ、15階層以上破壊されていると思ってるんだろう?》
国防軍統合参謀本部のいうところを全て真に受ける奴なんていない。
《とんだ嘘吐きだ。嘘吐きは地獄に落ちるんだよ》
地獄というものがあるならば、そこに行って悪魔どもを片っ端から殺してやるよ。お前と同じようにな。
《ナイス。君はサディストでサイコパスだ。狂える軍人だ。他者を傷つけるのが楽しくて、自分が世界の中で、他のことには興味がなく、悲しむ素振りすら見せたりしない。君は戦闘適応調整っていうままごとを受けなくたって、ボクを、ボクたちを殺せたんだ》
ああ。そうさ。化け物を殺すのに戦闘適応調整なんて必要ない。
慈悲も、情けも、同情も、何も必要ないと的矢は思った。
『また陸軍が撃ち始めましたよ。ボス、一体どれだけの爆薬をあそこに叩き込むつもりなんでしょうね?』
『さあな。俺たちとしてはあるだけ全部ぶち込んでもらいたい』
砲爆撃は5時間に及んで続き、轟音が鳴り響き続ける。
熊本市全員に避難警報が発令されており、全員が最寄りのバンカーか自宅の地下シェルターに隠れていた。彼らの中には46年前のアジアの戦争を思い出した人間もいたかもしれない。それぐらい激しい砲爆撃だった。
幸い市街地に流れ弾や誤爆はなく、想定範囲内の被害だけで、熊本ダンジョンの15階層までの破壊は完了した。日本空軍の爆撃機部隊が去ってから上空を日本情報軍の戦術級大型ドローンが飛行していく。
『ハルバードより全部隊。目標は達成された、繰り返す目標は達成された。“グリムリーパー作戦”第二段階終了を宣言する。続いて第三段階に入る』
戦術脳神経ネットワークから羽地大佐の声がする。
『だ、そうだ。さあ、観劇の時間は終わりだ。次は俺たちがショーの主役だ。作戦を始めよう。とは言え、まずは工兵隊による拠点の設営を待たなければならないが』
日本情報軍の戦術脳神経ネットワークを介して共有された戦術級大型ドローンの撮影した映像には、明らかに15階層以上の部位に穴が開いているのが見えた。
これから重機を使ってまずは10階層に大規模な拠点が設営され、そこを起点に熊本ダンジョンの攻略を進めていくことになる。
『大尉。次からはお節介なアメリカ人も一緒に?』
『そうなる、曹長。俺に文句を言うな。受け入れを決めたのは上の連中だ』
的矢はそう言い、商業ビルから降りて行った。
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