カウンセリング
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──カウンセリング
的矢たちは無事70階層を制圧した。
後から来た日本陸軍の部隊がダンジョンカルトの死体を片づけ、これまで通り拠点の設置を始める。通信指揮所が設置され、武器弾薬庫が設置され、野戦病院が設置され、あれやこれやが設置され……。
「よくやってくれた、的矢大尉」
羽地大佐は的矢たちをねぎらった。
「今回は堪えただろう。戦闘後戦闘適応調整は念入りに受けておくように。特に的矢大尉。君はカウンセリングの必要があると何度も軍医からメッセージが来ているぞ。カウンセリングを受けることは恥じゃない。タフガイは気取らないことだ」
「了解」
別にタフガイを気取っているわけじゃないさ。精神科医にあれやこれやと理想論を指示されるのが苛立つだけだ。『ストレスを軽減するようにしましょう』だって? 戦場で戦っている兵士によくもまあそんなことが言えたものだ。
《君は精神科医が嫌い。彼らは現実を見ていないから。彼らが見ているのは患者のカルテとカウンセリングのマニュアル》
そういうこったな。どの医者にも言えることだが、患者のおかれた状況を理解せずに、理想論だけ押し付けるのは止めてもらいたいものだ。こっちにはこっちの事情があるっていうのに。
そして、的矢たちは一時解散すると戦闘後戦闘適応調整を受けることになった。
的矢は真っ先に戦闘後戦闘適応調整を受けに行くようなことはしない。兵舎で少しばかり時間を潰して、部下たちの戦闘後戦闘適応調整が終わってから、渋々とやってきたというふうに戦闘後戦闘適応調整を受ける。
いつものように測定機器で脳みそを覗かれ、そしてカウンセリングと投薬が行われる。的矢は面倒くさいなと思いつつ、処理を受けていた。
「的矢大尉。特にショックだったことはありませんか?」
「60階層の攻略のときによく分からないところに飛ばされた以上にか? ないね」
的矢は涼しい顔をしてそう返した。
実際のところ、化け物を殺してきただけだ。これと言って気にするべきことなどなかったし、これからも的矢は化け物を殺し続けるだろう。化け物がそこに存在する限り。
「70階層までの攻略に当たった隊員の全員がある種の精神的ショック状態にありました。PTSDの一歩手前です。70階層までにはキメラが出没し、人間の言葉で歌い、人間の言葉で喋ると言っています。中には子供のキメラがいたたとも」
「だから何だっていうんだ? 化け物が人間の言葉を喋るから見逃してやるべきだったとでも? ここで俺が連中の死に嘆き悲しんで、哀れにめそめそ鳴けば、あんたは満足するのか?」
「そうはいっていません。ただ、あなたは本当に何のストレスの兆候も見られない。これは危険なサインです。戦場に適応し過ぎるということは日常生活に支障をきたすということでもあります。そう、あなたこそPTSDの兆候があるのです」
勘弁してと的矢は思った。何かストレスを感じても問題になるし、何のストレスを感じなくても問題になる。精神科医はどうあっても兵士たちに狂人というレッテルを貼りたがっているようにしか思えない。
「いいか。俺たちが殺したのは化け物だ。実際の子供でも、人間でもない。化け物を殺したんだ。殺さなければ殺される。だから、殺す。短絡的だが、意味のある行為だ。それにストレスを感じるかどうかなどどうでもいい。化け物を殺しているんだ。ストレスなど感じたりするものか」
「いいですか。戦場では必ずストレスを覚えるものなのです。私は化け物の種類のためにあなたがストレスを感じたり、感じなかったりしていることを問題視しているわけではありません。戦場においてストレスを感じないことを不安視しているです。あなたはベテランの兵士だ。それも特殊作戦部隊の兵士だ。それでもストレスは感じるものです。ストレスを感じない今のあなたの状況は、はっきり言ってあまり健全とは言えません」
クソッタレ、クソッタレ、クソッタレ!
ストレスを感じないから異常だと? 化け物を殺すことに何のストレスを感じればいいっていうんだ? 俺は人殺しだろうと躊躇せずに行ってきた。子供兵だって山ほど殺した。だが、俺は自殺したりしなかったし、精神を病んだりしなかった。
当然だろう? 戦闘前戦闘適応調整を受けているんだ。俺たちがストレスなく過ごせるようにするための処置じゃないのかあれは? あれがお守り程度の意味しかない儀式だったとしたら笑うしかないが、実際に効果があるものだということは証明されている。論文を読んだし、自分でも体験した。あれには効果がある。
むしろ、戦闘前戦闘適応調整を受けておきながら泣き言言うネイトたちの方がおかしいんじゃないのか? 俺たちは戦闘に適応できるように様々な処置を受けてきたんだ。それは戦場でストレスを感じず、PTSDになることを防ぐためだ。自分たちがいざという時に引き金が引けず、殺されるようなことを避けるためだ。
それなのにストレスを感じないから異常だ? ふざけるな、クソッタレ。お前たち軍医が俺たちがストレスを感じないようにしているんだろうが。
「2%だ」
「はい?」
「2%の攻撃的精神病質者。いるんだろう。そういうのが」
的矢は依然どこかの本で読んだことがある。1%だったかもしれないし、3%だったりしたかもしれないが、それぐらいの量で生まれながらにして殺しを躊躇わない“病人”がいるという話を聞いたことがある。
的矢が殺しにストレスを感じないということを問題視するならば、その2%に当てはまっているのだろう。的矢は自分のことを狂人だと思ったことなどないが、それが言い訳として通用するならば、そして軍務を、化け物を殺すことを許可されるのならば、喜んで狂人のレッテルを貼られてやろうと思った。
PTSDの兵士は作戦に参加できない。だが、2%の病人は参加できる。
「確かにそのような話もありますが、本当に稀有な例です。滅多なことではあり得ません。ですが、戦場に慣れすぎてしまい、日常生活に支障をきたすという例はその2%よりもずっと多く存在しているのです。確かに自分が強いと思っている人こそPTSDを精神的弱さと捉えてしまいがちですが、これは弱さではありません。誰にでも起きることなのです。病気ではありますが、治療もできますし、軍務も継続できます」
「先生。どうすれば満足してくれるんだ? 俺が泣きわめいて『なんてことをしてしまったんだ! 許してください、神様!』とでも叫べば満足なのか? 俺がストレスを感じさえすれば満足なのか?」
「ですから、そうではありません。ストレスを全く感じないことは兆候だと言っているのです。風邪になったら咳が出る。医者は咳を出すなとは言いません。のどの痛みに聞くナノマシンと風邪に効くように体内循環型ナノマシンを調整するだけです。問題は風邪そのものです。つまりはPTSDそのもの。ストレスの有無はその兆候でしかありません」
要領を得ない。的矢はそう思う。PTSDの兆候が今回のストレスを感じないことだとして、PTSDにどう対応するかについてはさっぱりだ。ストレス、ストレスと何度も繰り返されることにこそ、的矢はストレスを感じ始めている。
「じゃあ、教えてくれ、先生。PTSDってのはどうやって治療するんだ? 薬を何も感じなくなるまで叩き込むのか? それとも電気ショックでも与えるのか?」
「根気強く日常生活の方になじむように治療していくことです。あなたは今戦場の方に慣れ親しみすぎている。確かに軍人が戦場で動けなくなるのは問題です。だから、戦闘前戦闘適応調整を行う。ですが、ストレスを全く感じなくなるわけではないのです。カウンセリングの回数を増やしましょう。それから確かに投薬についても行います。ですが、これは脳に不可逆な影響を及ぼすものではなく、心を落ち着かせるためのものです」
「そうかい」
的矢はもうすっかり精神科医の話から興味を失っていた。
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