狂気の淵にまた一歩
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──狂気の淵にまた一歩
子供の呻き声と笑い声が聞こえる。
『音響探知センサーと振動探知センサーが反応。何かデカいのが動き回っている』
『厄介そうだな』
『間違いなく厄介だぜ』
信濃を先頭に的矢たちが69階層を進む。
ここを突破すれば、いよいよダンジョンボスのいる70階層だ。
だが、どうやらそう簡単にダンジョンは的矢たちを通すつもりはないらしい。
『両センサー、こちらに突進してくる化け物を検知。このまま突っ込んでくるぞ』
『こっちの場所がバレてるってのか』
『アルファ・リーダー。どうする?』
『叩き殺す』
的矢たちは銃口をセンサーが捉えた方向へと向ける。子供の笑い声と無数の足音が響いてくる。子供の狂ったような笑いが気持ち悪い。無数の足音も嫌な予感をさせる。何はともあれ、ここで迎え撃たなければならない。
『来たぞ』
そして子供のにっこりと笑った顔がくっつき、人間の足が無数に引っ付いたムカデのような昆虫型の化け物が的矢たちに向けて突っ込んでくる。的矢たちに特に狙いを絞っていたわけではなく、この階層を動き回っているようだ。
『射撃開始。叩き込め』
『了解』
弾丸の雨が化け物に降り注ぐ。7.62ミリ弾から50口径のライフル弾に至るまであらゆる銃弾が化け物に叩きつけられる。子供の顔は一瞬で潰れ、無数の銃弾が化け物を抉り、抉り、抉り、抉る。
50口径の強装徹甲弾がムカデの体の中ほどを貫いたとき、ようやく化け物の突撃が止まった。周囲には硝煙の臭いが漂い、空薬莢が呆れるほど大量に転がっていた。
『まだまだセンサーに反応ありだ。分析AIはこれと同型だと言っている』
『クソッタレ』
あのクソ化け物が7、8体いて、高速で動き回っていると分析AIは知らせている。
遭遇するかどうかはランダム。待ち伏せてもいつまで来ないことがあるし、逆に通り抜けようとして遭遇することもある。動きは予想できず、とにかくでたらめかつ高速で動き回っているのだ。
『どうする、アルファ・リーダー?』
『アルファ・ツー。いつでも重機関銃をぶっぱなせるようにしておけ。殲滅戦だ。1匹残らず始末する。爆薬も銃弾もありったけ使え。弾薬が足りないなら、また戻って補給してくればいい。片っ端から始末するぞ』
『そうでなくっちゃな』
『減らず口を叩かずに先導しろ、アルファ・スリー』
的矢は信濃にそう言い、部隊は前進を再開する。
『近づいてきてる。目標視認。目標マーク』
『射撃開始』
それから狩りが始まった。
子供たちは泣きながら、笑いながら、気味の悪いムカデの体で的矢たちに迫ってくる。その顔面には鋭い牙が。
的矢たちは梱包爆薬すらも使い、とにかく殺す。化け物をぶち殺す。叩き殺す。撃ち殺す。1体殺して、また1体。
慣れてしまえば大した障害ではない。長い体は弱点を分からなくするが、そこは爆薬の出番だ。対戦車榴弾仕様のグレネード弾を使用すれば、胴体を真っ二つにできる。そして、まだ動いている方に火力を集中する。
ただ、泣き叫ぶ子供の声が、笑い狂う子供の声が精神を摩耗させるだけだ。
そう、子供の声だ。ダンジョンという戦場に子供の泣き叫ぶ声が、笑う声が響き渡るのは精神を摩耗させる。それもその声の主を的矢たちは目にするのだ。顔面だけが突き出した人足ムカデの化け物の子供の顔を。
ネイトは精神的に限界に達しているようだった。アメリカ情報軍チームも戦闘適応調整を受けているのはシャーリーの態度を見ても分かる。だが、ネイトは、ネイトだけは、発砲が遅れることがある。
『アルファ・ファイブ。不調ならアルファ・シックスと一緒に上層に戻ってろ』
『いや。大丈夫だ。どうにでもする。化け物を殺せばいいんだろう?』
『そうだ。化け物を殺せ。こちらが殺される前に殺せ。そうすれば満点だ。化け物は化け物だ。子供の声で泣こうと、笑おうと、俺たちを殺そうとして来ていることには変わりない。ぶち殺すぞ』
的矢がまた1体の化け物にグレネード弾を叩き込む。
化け物の胴体が真っ二つになり、尻尾の方が動かなくなり、頭の方が突っ込んでくる。
『殺せ』
銃弾が降り注ぐ。ネイトも引き金を引いている。銃弾が雨あられと降り注ぎ、ついに化け物が果てて、灰になっていく。
「おかああああさああああん……」
化け物は最後にそう言って消えた。
『俺たちがぶち殺しているのは本当に化け物なんだよな?』
『それ以外の何に見える? これが無垢な子供に見えるならお前は病気だ。どうかしていると言わざるを得ない。これは俺たちがぶち殺すべき化け物だ。化け物を殺さなければ、俺たちが殺される。そして、熊本ダンジョンは永遠に攻略されない』
『畜生。分かっている。分かっているさ』
ネイトは憎悪を燃やして、化け物に立ち向かう。
的矢たちは1体、また1体と化け物を撃破していき、最終的に振動探知センサーにも音響探知センサーにも反応はなくなった。
『クリア』
『クリア』
信濃と的矢がそう宣言する。
『アルファ・フォー。ブラボー・セルを呼べ。通信機材を設置してもらう。それから弾薬を運んできてもらうように頼んでおいてくれ。グレネード弾を消耗し過ぎた。補給が必要だ。エリアボスがどんな野郎かは分からないからな
『了解』
椎葉が北上を呼び出し、通信機材と弾薬を要請する。
『殺しには慣れてきたか?』
『あんたはクソ野郎だ。だが、確かに殺さなければならない。あれは人間の真似をしているだけの化け物だ。気味の悪い化け物だ。そいつらを殺すのに躊躇う必要などない。徹底的に殺すだけだ』
ネイトはそう言って大きくため息を吐く。
『あんたはいつから慣れていた?』
『市ヶ谷を経験した後じゃ、大抵のことには慣れていたよ』
『市ヶ谷は地獄だった、か。あんたは陸奥准尉とふたりでダンジョンを攻略した』
『正確にはもっと大勢の戦友がいた。化け物に食われて死んじまったがな。記録して残されたのは生存者の名前だけ。いつだって歴史は勝者によって記される。俺たちは勝利した。このダンジョンにも敗北してもらう』
『その時に俺の名前が記されることを祈るよ』
『努力しろ』
かつての的矢ならば祈ったって意味はないと言っただろう。だが、今や祈りの力はアンデッドを殺せるだけの力がある。アンデッドを殺せるならば、祈ることは有益だ。盛大に賛美歌を歌い、南無阿弥陀仏と唱えよう。
《ごっちゃになってるよ。まあ、ここのボスは実体のあるタイプだから、祈りの力は要らないだろうけどさ》
神はいる。だが、俺たちの知っている神じゃない。そうなんだろう?
《そうだね。神はねじ曲がって伝わっている。いろいろな神が地上では信じられているけれど、どれも本物の神じゃない。だが、自分たちの上位存在がいるということを信じるのは正しいことだ。それは力になる》
70階層のエリアボスはどんな野郎なんだ?
《このキメラたちの生みの親。そう、このキメラたちは作られたものだ。人間を材料にね。君も心当たりはあるだろう?》
日本国防軍コード:ジャンク・エコー。
《君たちの暗号は分からないけれど心当たりがあるようならば何より。だが、気を付けて。このダンジョンは本格的に侵入者を阻みつつある。ダンジョンゲームはお終い。本格的な殺し合いだ》
最初からそのつもりだぜ、ラル。
そして、弾薬と通信機材が届いた。
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