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泣き叫ぶ化け物

……………………


 ──泣き叫ぶ化け物



『目標マーク』


『振り分けた。射撃開始』


 苦しい、痛い、辛い、助けてと叫ぶ化け物たちに的矢は冷徹に対応した。


 所詮は人間の言葉を喋っているふりをしているだけだと彼には分かっている。もう人間としての自我が残っているわけではない。奴の本体は化け物の側にあるのだ。人間の言葉を喋らせているのはダンジョンが学習した結果だ。


 そう、人間の言葉でこのように喋らせれば、人間は殺しを戸惑うという学習の結果だ。事実ネイトと陸奥は明らかにこの状況に戸惑っている。


『アルファ・ツー、アルファ・ファイブ。殺せ。いいか。あれは化け物だ。化け物が人間の鳴き声をしてるだけだ。殺さなければ、俺たちが殺されることになるぞ』


『了解』


 陸奥の動きは素早かった。重機関銃を据え付け、銃撃を開始する。


「苦しい! 苦しい! 苦しい!」


「痛い! やめて! 痛い!」


「助けてくれ! 助けてくれ! 誰か!」


 化け物たちが叫ぶ。泣き叫ぶ。


 的矢たちは容赦なく化け物どもを殺していく。だが、ネイトは震えたまま引き金を引けずにいる。彼はまたしても精神が崖っぷちに立たされているのである。だが、ネイトを戦力として計算に含んだ上での作戦だ。ネイトにばてられては困る。


『アルファ・ファイブ。撃て』


『大尉。撃ってください。あれは化け物です』


 的矢とシャーリーが射撃を促す。


『しかし、しかし、あれは人間じゃないのか? 人間にしか感じられない。あれは人間のはずだ。そうだろう? だって、人間の言葉で、我々に窮状を訴えていて……』


『化け物の鳴き声を気にするな。あれはそういう風に学習しただけだ。それが無意味であることをここで連中に教育してやれ。撃て、アルファ・ファイブ。撃たなければ、お前とシャーリーには地上に戻ってもらう』


 足手まといは必要ないと的矢は言い切った。


『畜生、畜生、畜生』


 ネイトが引き金を引く。化け物を銃弾が貫く。化け物が泣き叫びながら灰になっていく。ネイトは引き金を引き続ける。化け物がまた泣き叫びながら倒れ、灰になっていく。それが繰り返される。


『クリア』


『クリア』


 そして、ひとつのフロアが制圧される。


『なあ、アルファ・リーダー。化け物も学習するものなのか?』


『したからこうなったんだろう。中身は上でイカれたリズムの曲を歌っていた連中と同じだ。それが言葉を変えただけだ。殺意はそのままだったし、連中も音を発することで姿の見えない俺たちを確認しようとしていた』


『世界は本格的にイカれてちまったようだな』


『全くだ、アルファ・スリー。さあ、先導しろ』


『了解。化け物がどう鳴こうとあたしは気にしないぜ?』


『当り前だ』


 的矢は信濃にそう言い、前進を指示する。


 ネイトはと言えば、完全に参っていた。どうして自分がここにいるのかすら分かっていないような状態だった。彼はアメリカ情報軍の任務としてここにいることを忘れてしまっているようである。


『大尉。しっかりしてください。殺さなければ、殺されます。それとも私たちは今回は外れますか? 信頼を失うことになりますよ』


『分かっている、中尉。それぐらいのことは指摘されずとも分かっている』


 ネイトは苛立った様子でそう返したが、顔色は顔面蒼白という具合で、とてもではないがこれからも化け物の相手ができるのか分からないという様子だった。熱光学迷彩で的矢にはネイトの顔色は窺えないが、なんとなく感情の把握はできた。


『戻っておくか? いつ呼び戻すかは分からないが』


『大丈夫だ。化け物を殺す。それだけだ』


 化け物を殺す。そう、それだけだ。実に単純。実にシンプル。化け物を殺し、前進する。それだけだ。その化け物が人間の言葉で泣き叫ぼうと殺さなければならない。あれはこちらに殺意を持った化け物なのである。


 化け物を殺し続けて、前進し続け、70階層のエリアボスを叩き殺す。


 泣き叫ぶ化け物はそれからも現れ続けた。ネイトにとっては最悪なことに子供のキメラが泣き叫びながら突っ込んでくることすらあった。


 的矢たちはそれらを皆殺しにする。


 戦闘は単純だ。陸奥の重機関銃が援護する中で各員が割り振られた目標を撃破する。化け物の、人間でなく化け物の肉体の方に銃弾を叩き込んでミンチにする。そうすることで道は開けるのである。


 化け物は泣き叫びながら死んでいく。忌々しい。化け物は化け物らしく化け物の声で泣き叫べ。人間様の声を使うな。クソ化け物が。的矢はそう思いながら化け物に鉛玉を叩き込み続ける。


《ダンジョンは学習した。そこのアメリカ人の態度を見てね。ダンジョンは化け物を人間に近づけることで、攻略者たちが抵抗を覚えるのだということを学んだのさ。このダンジョンは深く、学習する時間は多くあった。だから、ダンジョンは学習した。化け物は学習した。自分たちを殺しにくいようにし、ダンジョンの制圧を妨げようと》


 上手くいっているみたいだな。クソ化け物どもが人間の死体でも貪っていてくれれば、もっと抵抗はなくなったんだろうが。


《ダンジョンカルトがこの階層にはいないからね。生存者もいない。恐らくはエリアボスが化け物を作るための材料にしてしまった。食べるより、作ることの方に消費したというわけだね。ダンジョンでは人間が常に頂点に立っているわけじゃない》


 じゃあ、化け物どもに教育してやらないとな。人間様を舐めるな、と。


《そうするのがよいでしょう。軽快に殺したまえよ》


 ああ。もちろんだ。


 的矢たちは次々とフロアに突入して化け物を殺していく。泣き叫ぶ化け物を殺していく。的矢は気にしない。信濃も気にしない。椎葉も意外と気にしない。陸奥も慣れてきている。シャーリーは問題なし。ネイトだけが精神の崖っぷちに立っている。


 壊れてくれるなよ、ヤンキー(アメリカ人)。お前を修理しているような時間はないんだ。少なくともここのエリアボスを吹っ飛ばすまではな。


 ここのエリアボスをぶっ潰したらいくらでも嘆き悲しんでくれて結構。悲観に暮れて自殺してくれたっていい。だが、ダンジョンを攻略するまでは、行動を共にしている間は、自殺などされては困る。迷惑だ。


 的矢の脳裏に市ヶ谷地下ダンジョンで殺してくれと泣き叫んだ陸奥の姿が思い浮かぶ。的矢は彼を生き延びらせ、無事に市ヶ谷地下ダンジョンを攻略した。


 今回も同じように行くか?


 ああ。行かせてやるとも。化け物が猿知恵を絞ろうが無駄だと教えてやる。


 化け物は化け物だ。ぶち殺してやる。


 軽快に、愉快に、爽快にぶち殺してやるとも。


 元人間だったからなど気にしない。殺すだけだ。ぶち殺すだけだ。自分たちを殺そうとしてくる連中を殺して何が悪い? どうせ化け物は元には戻せないんだ。灰になることからしてそれは明確だ。


 化け物を殺せ。化け物を山ほど殺せ。化け物を殺し続けろ。


『クリア』


『クリア』


 そして、フロアが制圧された。


……………………

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