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特殊作戦部隊の価値

本日3回目の更新です。

……………………


 ──特殊作戦部隊の価値



「戦闘後戦闘適応調整は必要かな、的矢大尉」


 10階層から上がってきた的矢に羽地大佐はそう尋ねた。


「いえ。どうせ明日も潜るんです。それにここもある意味では戦場でしょう? それにいちいち北熊本駐屯地まで戻るというのも」


「設備なら北熊本駐屯地から取り寄せてある。ここでも処置可能だ」


「ふうむ。では、受けさせておいた方がいいかもしれませんね」


 戦闘前戦闘適応調整が戦場に入るための準備だとすれば、戦闘後戦闘適応調整は戦場から出ていくための準備だ。


 兵士は日常と戦場に線引きを必要とする。


 2010年代のドローンパイロットたちは友軍が敵の銃火で死ぬのを見て、テロリストに対戦車ミサイルを叩き込んで吹き飛ばしたのちに、学校に自分の子供を迎えにいくという日常にシームレスに移動した。その結果戦場と日常の区別がつかなくなり、心を病んだように、兵士にはここまでが戦場で、ここからは日常だと認識させる必要があった。


 戦場がいつまでも続く非対称戦は特に兵士が心を病みやすいと言われる。日常の中に戦場がある。それは兵士に心休まる場所がないことを意味する。


 とは言え、普通の戦争とダンジョン攻略は別の話だ。


 ダンジョンにはカラシニコフを持って敵意を向けてくる子供兵もいないし、装甲車両を不意に吹き飛ばすIED(即席爆発装置)もない。ある意味では真っ当に戦争をしていると言えるだろう。


 ただ、ダンジョンは従来の地下施設に寄生している。


 的矢たちが見てきたようにコンビニの跡があったり、図書館の跡があったりする。そして、民間人が巻き込まれている場合もある。


 そうなると戦場と日常の境界線が脅かされる。


 だから、羽地大佐はまだダンジョンの浸食度合いの少ない上層付近で捜索及び戦闘を行って来た的矢たちに戦闘後戦闘適応調整を進めたのだ。


 的矢はそう何度も戦闘適応調整を受けるのは好きではなかったが、自分はともかくとして、部下のコンディションを保つのは上官としての、そして日本情報軍士官としての役割と考えていた。


 今は地点地点を制圧して、盤上を制圧する駒としての歩兵ですら戦闘適応調整を受けるのは当然になっていた。その駒よりも大金がかかっている特殊作戦部隊のオペレーターの戦闘力喪失は日本情報軍少将が言っていたように、日本情報軍にとっての損害だ。


 特殊作戦部隊のオペレーターには駒以上の役割が求められる。駒以上の判断力、駒以上の生存能力、駒以上の任務遂行率。


 ただ単に敵地を制圧するだけではなく、そこからさらに戦果を発展させることが、特殊作戦部隊のオペレーターには求められるのである。


 それは人質の救出であったり、軍閥の指導者の暗殺であったり、あるいはより多くの情報収集であったりと様々だが、ただ敵地を制圧して終わりの駒ではいけないのだ。


 それゆえに求められる能力は高い。


 信濃のようにどんな状況でも怯まないタフなポイントマンを務められることや、陸奥のように重装備を抱えて任務を遂行できることや、椎葉のように自らのコンディションを自らで適切に保つことや、的矢のようにどんなクソッタレな戦況でも冷静な指揮が下せる。そういう能力が求められるし、体力は基本的に限界ギリギリまで求められる。


 それでいて訓練は高度で厳しいものが叩き込まれるのだから、特殊作戦部隊のオペレーターの価値は大変高い。基本的な野外に長期間潜伏するサバイバル能力。空挺降下、水中破壊工作などのスキル。室内戦闘を想定したCQB(近接戦闘)の能力。また心理戦にも通じる必要がある。


 そうであるがために、軍は特殊作戦部隊のオペレーターの戦闘力喪失を恐れ、戦闘適応調整を受けるように促すのだ。精神の壊れてしまった特殊作戦部隊のオペレーターというのもこれまで数多に生まれてきたが故に。


「では、戦闘後戦闘適応調整の準備をさせよう。ところで、手ごたえはどうだった?」


「楽なものです。どうして陸軍は10階層を完全に制圧してしまわなかったんですか? 彼らの能力でも十分に制圧可能だったはずですよ」


「民間人がいたからだ」


「民間人の救助は1週間程度で終わったはずです」


「それは君の推測だろう。陸軍は2ヵ月以上かかったと主張しているんだ。ならば、現場にいた彼らの言うことを信じるしかない」


 畜生。やはり何か隠してやがると的矢は思った。


《君らは所詮は軍にとって都合のいい駒ってことさ。駒はプレイヤーである日本情報軍のお偉いさんの手によって好きなように振り回される。それに君にとってはどうでもいいことなんだろう? 知らない誰かより知っている誰かの方が大事な君にとっては、さ》


 黙ってろ。


「実際のところ、私としても理解しかねる点があることには同意する。だが、我々にはこのような場合に好き勝手に憶測を吹聴する権限はない。分かっているね?」


「了解、大佐」


 的矢は敬礼を送って、そのまま戦闘後戦闘適応調整を受けた。


 ダンジョンでの戦闘が夢のように思えてくる処置だ。まるで見てきたこと全てが夢や幻であったような感触を抱く。だが、あれは現実だと自分に言い聞かせる。あれは確かにあったことだ。この手で化け物どもをぶち殺してきたのだと自分に言い聞かせる。


《分からないよ? 君の脳みそは機械に繋がれていて、何かのシミュレーションを受けているのかもしれない。今日あったことは全て架空の出来事かもしれない。君は君自身がそういう不安を抱いてしまうからこそ、戦闘適応調整を嫌がるんだろう?》


 うるさい。


《まあ、聞きなよ。ボクが保障してあげよう。君は君の大嫌いな化け物を大勢殺してきたと。殺して、殺して、殺した。ボクの頭に鉛玉を叩き込んだようにね。あれも幻覚だったんじゃないかって? あれも現実だよ。全ては現実。君が殺した化け物も、君が救えなかった部下や戦友たちも、市ヶ谷地下ダンジョンの犠牲者もみんな現実》


 そうだ。クソッタレな現実だ。お前の存在も現実だ。俺の妄想や幻覚、幻聴じゃない。間違いなく、お前はクソッタレな現実としてそこに存在する。


《やっとボクのことを見てくれたね。そうだよ。ボクの存在も現実。観測機器さえあれば観測できる現実。けど、今のところボクの姿を見て、ボクの声を聞いているのは君だけだ。そのボクが君の現実を保障するというのは面白くないかい?》


 くだらん。


《くだらなくはないさ。ここで精神科医から『あなたの見てきたことはあなたの日常とは一切関係のないことです』って言われるより随分と有意義だよ。日常と無関係なはずがない。ダンジョンから君たちは歩いて出てきた。繋がっているんだ。ダンジョンと君の日常は。君とボクが繋がっているようにね》


 ああ、そうさ。繋がっている。繋がっているとも。このクソみたいな現実は全て繋がっている。いくら見えないようにしたところでそれらは全てこの地球上に存在していて、繋がっているんだ。切り離せはしない。


《なら、言ってやりなよ。そこで偉そうにしている軍の精神科医にさ。お前の御託なんてクソくらえだって》


 反抗的な態度を取ると余計に処置に時間がかかり、薬が増える。それで脳がダメになる。脳が何も感じなくなる。


《信じているんだ。そういう都市伝説をさ。意外だな》


 失せろ。


「では、気持ちの方が落ち着きましたか?」


 精神科医が不意に尋ねる。


「ええ。万端です」


《嘘吐き》


 黙ってろ。


「一応睡眠導入剤を処方しておきます。眠れないことがあれば最大2錠まで飲んでください。アルコールは禁止ですよ」


「分かってるよ、先生」


 的矢はそう言って席を立った。


……………………

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