対立
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──対立
61階層のキメラは掃討された。
ブラボー・セルが通信設備を設置し、的矢たちはさらに地下に潜る。
キメラ。キメラ。キメラ。キメラ。
人間の尊厳を踏みにじったかのような化け物が次々に現れては的矢たちに襲い掛かる。化け物は数を増し、グロテスクさを増し、殺意を増している。
そんなキメラをワンフロアずつ片付けながら、的矢たちは進んでいく。
『アルファ・リーダー。キメラたちの顔の情報と住民の情報を照合したが、一致している。こいつらは元人間だ。元人間が化け物にされているんだ』
『だからなんだ、アルファ・ファイブ。文句でもあるのか?』
『いや。調べた事実を述べただけだ』
『そうかい』
ダンジョンカルトも容赦なく殺してきたんだ。今さら化け物になった民間人を殺したからと言って何になる。
『振動探知、音響探知両センサーに反応。今度のはそこまでデカくない』
『抜からずやるぞ』
的矢たちが音源の方向に向かっていく。
『畜生。ガキだ』
子供のキメラだった。材料に子供が使われてるキメラだ。子供の手足を切り落とし、蜘蛛の半身を与えた化け物だ。あどけない表情で歌い、踊るように動き回っている。
『目標マーク』
『射撃開始』
的矢たちは子供のキメラに銃弾を叩き込んでいく。
だが、ネイトが発砲しない。
『何をしている、アルファ・ファイブ。敵を殺せ』
『できない』
『何を寝ぼけたことを言っている。敵を、殺せ』
的矢はそう言いながら空中炸裂型グレネード弾を叩き込む。
鉄球が撒き散らされ、あどけなく笑う子供のキメラの顔面が引き裂かれる。
『アルファ・ファイブ。さっさとお前も撃て』
『撃てない。子供じゃないか』
『子供じゃない。化け物だ』
的矢は銃撃を続け、陸奥も重機関銃で敵を薙ぎ払う。
だが、攻撃は予想外の方向から来た。天井から子供のキメラが降下してきたのだ。
子供の半身の下部にある蜘蛛の牙がネイトを襲おうとする。
的矢はそれを撃ち殺した。化け物の半身に銃弾を3発。それでゲームセット。
『クリア』
『クリア』
信濃と的矢が宣言する。
『おい。このクソヤンキー。どうして撃たなかった。俺は撃てと、そう命令したはずだぞ。そして、そちらはこちらの指示に従うという条件で作戦に参加しているはずだ。どうして命令に従わなかった?』
的矢は今にもネイトに殴りかからんとする勢いでそう言った。
『俺には娘がいるんだ……。丁度、あの年頃の……』
『だからなんだ。それが言い訳になると思っているのか。あれは化け物だと言ったはずだぞ。俺が撃ってなければ、お前は食い殺されていただろう。それでもよかったのかもな。お荷物を抱えていくよりもずっと』
『あんたには人の心がないのか、的矢』
『少なくとも化け物にかけてやる慈悲は持ち合わせてはいない』
的矢ははっきりとそう言ってのけた。
『あんたはクソッタレの子供殺しだ。子供だぞ? 躊躇いもしないのか?』
『してどうする。あんな状態になって助かるとでも思っているのか? 手足を叩き切られて、化け物に繋がれて、殺してやる方がよほど慈悲深い。あの状況ではどうせ生きていくことはできない。化け物になったんだ。そして、化け物は殺さなければならない』
『子供のことをよく化け物だなんて言えるな』
『事実だからだ』
ネイトと的矢がにらみ合う。
『ボス、ボス。喧嘩は不味いですよ』
『大尉。引いてください。アルファ・リーダーが正しいです』
椎葉とシャーリーがそれぞれそういう。
『黙ってろ、シャーリー。ここに正しいことなどひとつもない』
『いいや。あるね。化け物を殺すことが正しいことだ。それとも化け物になったから慈悲でも湧いたのか。中央アジアの子供兵は散々お前たちも殺してきただろう』
的矢の言葉にネイトが唸るような声を出す。
『中央アジアの作戦に参加していたことは知っているんだ。あそこにいた子供兵にも慈悲をかけてやったのか? カラシニコフを抱えて殺しにくる子供兵たちに慈悲深く接してやったのか? それとも銃弾で──』
『黙れ』
ネイトが短くそう言った。
『ああ。そうさ。中央アジアでは山ほど子供兵を殺した。殺したとも。その時は俺には子供はいなかったし、彼らは明確な脅威だった。殺さなければならなかった』
『ここでも同じことだ。殺さなければ殺される。カラシニコフが牙に変わっただけだ。脅威だ。今度命令したら必ず殺せ。ダンジョンカルトだろうと、子供のキメラだろうと。必ず殺せ。いいな?』
『クソ野郎』
『臆病者』
ふたりの対立を目にした椎葉がおろおろとしている。
『ヴァレンタイン大尉。的矢大尉は正しい。あれはもうどうにもならない。殺さなければ、我々が殺されます。義務を果たしてください。あなたは生き残り、そして祖国に帰って自分の、化け物ではない子供を抱くのが待ち遠しいのでしょう?』
『ああ。分かっている、シャーリー。殺すさ。次はちゃんと殺すさ』
ネイトはそう言って的矢に向けて頷いて見せた。
『それでいい。いくぞ。信濃。先導しろ』
『了解』
信濃の先導で再びアルファ・セルは進み始める。
化け物を殺し、化け物を撃ち殺し、化け物を爆破し、突き進んでいく。
子供のキメラはまた現れた。それも殺す。今度はネイトも容赦なく彼らを殺した。
殺して、殺して、殺して……。
狂った歌が響き続け、脳がどうにかなりそうになる。
『クソ化け物どもめ。皆殺しにしてやる』
『思ったんだが』
ネイトが的矢に言う。
『あんたは化け物を殺すのを楽しんでるな?』
『ああ。楽しんでいる。化け物どもがくたばるのは愉快だ。この上なく痛快だ。殺しても、殺しても、殺しても飽きが来ない。いつまででも殺し続けられる』
『あんたは病気だ』
『俺たちはみんな病気だ』
的矢はそう言って化け物どもを射殺していく。
『手榴弾』
化け物どもの肉片が飛び散り、灰に変わる。
『少なくとも俺は病気じゃない』
『いいや。お前も病気だ。ダンジョンカルトを容赦なく殺せただろう? それとも子供の命は尊い、か? 命に貴賤も重さの違いもない。クソみたいに平等だ。どこまでも平等だ。俺たちは生き残るために連中を殺し続けることで、自分たちの魂の価値を守ってるし、連中は俺たちを殺そうとすることで自分の命の価値を守ろうとしている』
的矢が素早くマガジンを交換する。
『俺たちはみんな病気だ。殺しに憑りつかれた病気だ。そして、この病気は存外悪いものではない。俺たち全員にとってな』
『イカレてやがる』
『お前もな』
的矢は化け物の胴体に3連発の銃弾を叩き込む。
『クリア』
『クリア』
そして、信濃と的矢が残敵の確認。
『ブラボー・セルを呼んで通信設備を設置してもらうぞ。そうしたら、また殺し放題だ。気分が上がってくるな、おい?』
『畜生。あんたは本物の病気だ。俺たちとは違う』
『だとしたらどうする? 抜けるのは自由だぞ。俺たちは喜んでお前たちを追い出してやる。のこのこアメリカに帰るか?』
『……義務を果たす』
『それでいい』
軍人は宣誓したことについて職務を果たす。それが仕事だ。それが義務だ。
それが他人の死に繋がっていようとも、それが恐ろしい悲劇を招こうと、軍人は駒として義務に従い続けるのみ。
だが、的矢はこの義務を楽しんでいた。
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