一時解散
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──一時解散
60階層の制圧を受け、日本陸軍の工兵が拠点を設置するまでの間、休暇となった。
的矢は羽地に許可を取り、信濃が実家に帰ることを許可した。
それならば、と陸奥と椎葉も一度岡山と広島の実家に帰るということとなり、ネイトとシャーリーも在日米軍基地に帰っていった。
的矢はそれでも自分自身は実家に帰る気にはならなかった。
《孤独だね》
そうだな。北上たちはいるが、工兵の手伝いをしている。まあ、週が明ければ飲みに行くぐらいは付き合ってくれるだろうが。
10階層に設置された兵舎で的矢はラルヴァンダードを相手にしていた。
バンカーバスターMK.IIIと巡航ミサイル、陸軍の短距離弾道ミサイルでぶち抜かれた桜町ジオフロントの10階層には立派な兵舎が設置されていた。日本陸軍の工兵は普段はここに待機し、ダンジョンの制圧とともに出動するのだ。
当然ながら第777統合特殊任務部隊のための兵舎もある。
的矢はその兵舎で横になっていた。
《遊びに行けば? ここにいても退屈だろう?》
それはそうだがな。ひとりで遊びに行っても面白くないものだ。
《ボクがいるよ》
お前は俺以外の人間には見えないだろう。
《それでも孤独は紛れるだろう?》
否定はしない。
否定はしないが、外に遊びに行く仲間にはならない。
これもツケを支払っているようなものか。同じ軍の人間としか付き合いがなかったせいで、家族がいなかったせいで、家族を見捨てたせいで、孤独なのだ。自業自得。因果応報。結局は自分が悪いのだと的矢は思う。
人間関係は大事だとは理解している。一匹狼は軍では通用しない。対人コミュニケーション能力は軍でも必要とされるものだ。だが、的矢の対人関係は軍の中で完結していた。それが日本情報軍という軍と諜報機関のハイブリットとしての組織として、望ましいものだったからということもある。だが、実際のところ、彼は自分自身に忙しすぎて、手の届く範囲は部下、同僚、上官の3つに限られていたのだ。
下士官から大尉にまで昇進するには、それと同時に特殊作戦部隊のオペレーターとして働くのは、並大抵のことではない。昇進のための試験勉強もしなければならないし、特殊作戦部隊のオペレーターとして腕を鈍らせることがあってもならない。
的矢はその両方をこなした。
そうであるが故に彼は自分自身に忙しすぎたのだ。
こうして定年が着々と迫る中、考えると、なんとしょうもない人生だったのだろうかと思う。キャリアの最後がクソの詰まった穴倉の掃除とは。
《だが、君はそれを楽しんでいる》
ああ。楽しんでいる。化け物をぶち殺すのは最高に楽しい。並大抵のことでは得られない快楽だ。殺して、殺して、殺す。醜い化け物どもを殺す。狂ったダンジョンカルトどもを殺す。最高の楽しみだ。
《なら、いいじゃないか。君の人生は充実しているってことでさ。それに不満を覚えるというのは、他人が羨ましくなっているだけだよ。帰るべき実家があるものたちを羨んでいるんだ。自分にはそれがないから》
そうだな。だが、自分で捨てた実家だ。今さら何だというんだ。
《本当は実家を捨てたくはなかった。あるいは捨てたことを後悔している》
それはどっちも同じことだろう。それにもう実家はない。母親は老人ホームに入って、妹が面倒を見ている。実家という箱はなくなった。妹も小児科医として務めるのに家を出て、用のなくなった実家は駐車場になっている。そう聞いた。
《そっか。君にはもう帰る場所もないわけだ》
そういうことになるな。
《なら、ボクが君に帰る場所を作ってあげよう。ボクのいる地獄においでよ。そこを君の帰る場所にしてあげよう》
サイレンの音が聞こえるのか?
《そんなもの聞こえやしないよ。ただ、ここよりは暖かい。それだけさ》
興味深い申し出だが、どうやって地獄に行けばいい?
《まずはこのダンジョンの最下層まで潜ることだね。それが最優先事項だよ》
そうかい。気の遠くなりそうな話だ。
的矢はそう言って半身を起こす。
このままラルヴァンダードと話していてもいいが、そうそう話題はない。ネットで本でも買って読むかとタブレット端末を取り出す。ARでも電子書籍は購入できるし、読めるが、これが軍の備品だ。
私物のタブレット端末を開き、ネット書店で新作を物色する。的矢はミステリーからファンタジー、純文学やSFまで幅広く読む。
要は時間が潰せればそれでいいのだ。それに本のことから話題を広げることもできる。何にせよ。本を読んで損をすることはあまりない。
「的矢大尉」
「北上。何か用か?」
的矢が新作を物色していたとき、北上がやってきた。
「飲みに行かないか? 手が空いたところでな」
「そうか。構わないぞ」
「では、準備してくる」
「ああ。俺も」
日本情報軍のデジタル迷彩の戦闘服姿では目立ちすぎる。
《クーデターの相談でもしにいくような態度だったよ》
さあな。奴はこの作戦に思うところがあるようだが。
《彼もこの作戦を疑っている。この作戦の目的が果たされるかを疑っている》
“グリムリーパー作戦”について随分と詳しいようだな。
《君の知っていることはボクも知っている》
そうだったな。
こいつが俺としかコミュニケーションが取れないのはある意味では幸いだった。他の人間にも話が漏れるなら、今ごろ的矢は作戦そのものから外されているところだっただろう。そうすればもう化け物を殺せない。
的矢はデジタル迷彩の戦闘服から普段着に着替え、兵舎の外に出る。
「準備できたか、北上」
「ああ。できている、大尉」
「大尉は止めろ。身元を特定される」
「そうはいっても、繁華街も軍人だらけだったぞ」
「それはそうだがな」
的矢たちが焼き肉にいったときに分かったように、この近くの繁華街は日本陸軍の軍人で溢れている。多少、階級が漏れたとしても、的矢たちが“迷宮潰し”部隊だとは分からないだろう。
「用心に用心を重ねろというだろう。大尉はなしだ」
「了解、的矢」
「店は決まってるのか?」
「ああ。いい店を見つけている」
北上の案内で繁華街を進む。
的矢の地元だった街とは言え、もう何年も帰省していなかった的矢にとっては見知らぬ街になっている。あったはずの店がなくなり、知らない店ができている。
北上が案内したのは居心地のよさそうなバーだった。小ぢんまりとしていて、日本陸軍の軍服姿のままの人間がいるが、席は空いている。
「それで、あれは順調なのか?」
「ああ。順調だ。そのことはお前も知っているだろう。一緒に行っているんだ」
「そうだな。ペースはほとんど落ちていない。だが、まだ羽地さんも何階層に及ぶか判断しかねている。だろ?」
「そうだな。100階層越えかもしれない」
北上が話題に出したのは“グリムリーパー作戦”のことだった。
“グリムリーパー作戦”は順調だ。恐ろしいほどに。苦戦はするものの、それに対する回答はすぐに提示される。着実に的矢たちはダンジョンの最下層に向かっていた。だが、最下層が何階層なのかは分からない。
「本当に上手くいくと思うか?」
「それを判断するのは俺じゃない。もっと上の人間だ」
的矢はそう言い、カクテルを呷った。
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