不死者の王
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──不死者の王
58階層のダンジョンカルトは全滅した。
最後まで彼らは降伏しようとはせず、最後の人間などは笑い狂いながら突撃してきた。空薬莢があちこちに転がり、爆薬と銃弾の放った硝煙の臭いが漂う。
「クリア」
「クリア」
ダンジョンカルトの死体が無数に散らばる中で的矢とネイトがそう宣言する。
「次だ。次に行くぞ。この階層を掃討して、ブラボー・セルを呼ぶ」
「了解、アルファ・リーダー」
信濃を先頭に再び的矢たちが進む。
58階層はレイス12体とゾンビ6体で終わった。ここにいたのはほとんどがダンジョンカルトだった。この2ヵ月以上もの間、ダンジョンカルトの群れが何を食べて、何を飲んで生き延びてきたかは謎だ。
何はともあれ、通信設備は設置され、地下に潜る準備は完了した。
そして、59階層に降りたとき、椎葉が身を震わせた。
「ボス、ボス。猛烈に嫌な予感がします……」
「ふむ? どういうことだ?」
「何と言うか、この下に不味い存在がいる気がして」
「エリアボスか」
次は60階層。エリアボス戦だ。
「恐らくはエリアボスもアンデッド系。椎葉が嫌な予感がするということは、本当に不味い相手なんだろう。しかし、進まないわけにはいかない。どんな敵だろうが薙ぎ払って押し進むぞ。椎葉、お前が頼りだ」
「了解!」
椎葉が元気よく返事する。
「さて、その前にこの59階層を掃討しないとな」
そして、掃討戦が行われる。
レイス4体、ゾンビ8体、ダンジョンカルトは0体。
それだけで59階層はあまりにも呆気なく陥落した。
「ここまで簡単に落ちると確かに罠を疑いたくなるな……」
「お神酒、十分ですか?」
「ああ。大丈夫だ」
お神酒は随時椎葉の実家から送られてきては武器弾薬庫に蓄えられている。
「アンデッドってことは真祖吸血鬼みたいな奴がまた出てくるのか、的矢」
「さあな。いろいろなアンデッドをこれまで相手にしてきた。中にはドラゴンゾンビなんてのもいたぞ。クソみたいな連中ばかりだ」
ネイトが尋ねるのに、的矢が肩をすくめる。
「椎葉軍曹。頑張って」
「ええ。応援ありがとうございます、シャーリーさん」
シャーリーは敬意の籠った眼差しで椎葉を見た。
「ブラボー・セルが通信設備を設置したら、潜る。各自、対アンデッド戦に最大限備えろ。信仰心がなければ、自分の祖先でもいいから敬え。信仰心を持て。それが力になる。俺はクソみたいに神を信じているぞ」
的矢がそう言う。
《そう。信仰心こそが対アンデッド戦の要石。信仰心こそが、上位存在を信じる心こそが、武器になる。けど、アメリカ人の友人の片方はそういうものはなさそうだね。もう片方は信じているみたいだけど》
ネイトか。神を信じなければならないが、神が信じられなくなるのがダンジョンだ。
《まさに。神を信じられなくなるよね。ダンジョンカルトなんて見てると》
ああ。そうだ。だが、信じなければならない。神はいるのだと。
創造主は去ったのだろう。作られた神だけが残ったのだろう。
だが、神を信じることでアンデッドを殺せるならば、それに越したことはない。
《君は本当に神を信じている?》
ああ。今や敬虔深い信者だ。確かにダンジョンは神を信じられなくするようなものであふれかえっている。共食いするダンジョンカルト。おぞましい化け物。見るもおぞましいダンジョンカルトや化け物どもの所業。
だが、神を信じさえいれば、その化け物どもの一部は殺せるようになるんだ。信じるに値する。神は、神話は、よくできたフィクションから実力のあるものへと変わった。パラダイムシフトだ。それならば神を信じようじゃないか。
《神と天使たちは君が地獄を攻略する時、力を貸してくれるよ、きっと》
恐らくは。
「さて、60階層に潜るぞ」
「了解」
的矢は部下たちを率いて60階層に潜る。
これまでのコンクリートが剥き出しの灰色のフロアと異なり、60階層は壁に蔦が這い、鬱蒼とした緑色をしたフロアになっていた。そして、同時に広く開けたフロアでもある。それはダンジョンが魔物に応じて適したフロアを提供していることを考えると、機動力の高い敵の出現を窺わせた。
「射程が長いか、機動力か。前者なら魔術。後者なら……」
「騎兵か?」
「経験あり、か?」
「ああ。厄介な奴とワシントンメトロでやり合った」
この広大なフロアにネイトも思うところがあるようだった。
「何はともあれ、押し通らにゃならん。いくぞ」
「了解」
信濃を先頭に彼女をカバーしながら的矢たちが進んでいく。
そこでフロアが不意に明るくなった。
「警戒。気づかれている」
「アルファ・リーダー。目標視認。ありゃ……」
信濃の視線の先に張るのはローブを纏った骸骨のような、ミイラのような、そのような存在であった。それが杖を振りかざし、的矢たちにその杖を向けてくる。
「散開!」
一斉に的矢たちがその場から離脱する。
その瞬間、的矢たちのいた場所で爆炎が生じる。
「畜生。クラウン・リマだ。リッチーだ」
「道理で広いフロアなわけだな」
日本国防軍コード:クラウン・リマ。リッチー。
未解明の事象改変現象──魔術を操り攻撃を仕掛けてくるアンデッドの一種。
この化け物には何度も煮え湯を飲まされた経験が的矢たちにある。
「鉛玉を叩き込め。効果はあるはずだ」
「了解!」
だが危険なのは、飛び道具を持たないダンジョン四馬鹿や、遠距離攻撃の兆候が事前に判明するワイバーンなどと違って、リッチーの魔術は突如として発生するということだ。
また杖が向けられる。
「散開! 散開!」
また突如として空間が爆ぜる。
その衝撃はちょっとした梱包爆薬並みはある。
ドラゴンですら屠った梱包爆薬だ。人間が食らえば、木っ端みじんだ。
「移動しながら攻撃しろ。常に動き続けろ。幸い、敵の攻撃は連射が効かない」
リッチーの魔術は読みづらく、かつ威力も高いが、速射性に欠ける。
現代の兵器はそうではない。威力があり、速射性があり、何より多人数で同時に仕掛けられるという点にある。
「撃て、撃て。穴あきチーズにしてやれ」
的矢たちはリッチーに向けてお神酒で祝福された退魔の銃弾を叩き込む。
リッチーが明らかにダメージを追うのが分かったが、それだけだ。不死者の王を殺すまでには至っていない。
アンデッドはそもそも死んでいるのだ。それを殺すというのはまさに不可能なことを可能にするということである。
「ぶち殺してやる、化け物」
だが、それに対する的矢の殺意は並々ならぬものだった。
これまで彼らは殺せないと思われた化け物を殺してきた。ドラゴンも、巨人も、真祖吸血鬼も、そしてリッチーも。
「こいつは“ただの”クラウン・リマだ。殺せる。これまで通りにな。銃弾と爆薬を叩き込め。祈りを込めた銃弾を叩き込め」
《そうさ。祈りの力こそがアンデッドを殺す力になる》
そうとも。神様を信じて救われるなら、南無阿弥陀仏とでも何とでも唱えてやる。
「くたばれ、化け物」
的矢は殺意と祈りを込めて銃弾をリッチーに叩き込んだ。
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