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狂気と正気

……………………


 ──狂気と正気



 化け物を殺す。化け物を殺す。化け物を殺す。


 ラルヴァンダードの先導で的矢たちは進みながら、的確に獲物をしとめていく。ゾンビどもを、レイスどもをぶち殺していく。


《ふむ。どうやらダンジョンカルトがいるみたいだね》


 そのようだ。


 壁に描かれた複雑な幾何学模様。意味不明な文様。死者で作られたオブジェ。


「うう……」


 それを見た母親が吐き気をこらえるようにして、呻く。


 子供にはそれが見えないように母親が両手で目を覆っている。


「身の周りにおかしくなった人間はいたか?」


「え、ええ。急に罪がどうだこうだと言い出して、化け物に生き残った人々を……」


「ダンジョンカルトだな。レイスもゾンビも選んで殺してるってことか」


 化け物は無条件に人を襲うタイプとダンジョンカルトのような人間は殺さないタイプがいる。植物型は前者だし、アンデッドは後者である。


 植物型は思考しないようだが、頭の腐ったアンデッドは思考するのだろうかと的矢は考える。とは言え、ゾンビを動かしているのはゴーストやレイスだ。それらに知性があるのかどうかは謎だし、吸血鬼にしたところで獣のような生態をしている。


《早速お出ましだよ。ダンジョンカルトだ。武器を持っている。包丁を先端にダクトテープで止めた箒。あれで何人殺せたんだろうね?》


 銃の相手じゃないな。


 的矢はゾンビとともにぞろぞろと現れたダンジョンカルトに銃口を向ける。


 銃口の先にいるのは敵だけ。


 そうだ。それでいい。俺は化け物もダンジョンカルトも大嫌いだ。連中は世界から正気を失わせている原因だ。狂気の源だ。殺すべき敵だ。


 奴らは死ぬべきだ。


「────!」


 奇声を上げながら突撃してくるダンジョンカルトたちに向けて狙いを定め、引き金を引く。7.62ミリ弾が放たれ、ダンジョンカルトの頭が弾け飛ぶ。


 銃声はしない。死だけが訪れる。


 グレネード弾。


《わお。派手に殺すね》


 化け物とダンジョンカルトに容赦してやる必要などない。連中は獣だ。害のある害獣だ。殺処分されてしかるべき連中だ。連中がいるからこそ、狂気が伝染する。ダンジョンが広がる。そうだろう?


《ある意味ではその通り。彼らは狂気を伝染させる。ひとりが狂い、その狂気が瞬く間にコミュニティ全体に広がる。狂気を逃れれば、異端者として殺される。そうでなくても生贄やら何やらにされる》


 なら、殺すしかない。


 空中炸裂型グレネード弾は鉄球を撒き散らし、ダンジョンカルトとゾンビの群れを一掃する。生き残りは1体、1体射殺されて行く。


 的矢は化け物とダンジョンカルトがくたばったことに快楽のようなものを感じていた。狂気が取り除かれた。世界の汚物が処理された。世界がまた一歩正常な状態へと近づいた。そういう気持ちがあった。


《そんなことで世界はまともにはならないよ。地獄はそこにある。覚えておくんだ。このダンジョンの出現は先ぶれに過ぎない。地獄はそこにある。狂気こそ正気となり、正気こそ狂気となる世界。地獄はそこにある》


 じゃあ、地獄もぶっ潰してやるよ。


《わお。そこまで言ったのは君が初めてじゃないかな。ここは地獄より冷たく、寒い場所だ。地獄は暖かい。それを潰してしまうのか。まあ、それでもボクは反対はしないよ。潰すなら一緒に地獄を潰そう》


 乗り気だな?


《へへっ。君のやることは前代未聞過ぎて見届けたくなるのさ》


 そうかい。退屈はさせないぞ。


《実にいい。実にいいね。地獄も退屈がはびこっている。刺激が必要だ。それこそ滅ぼされるほどに追い詰められるぐらいはね。ボクは喜んで地獄の滅亡に手を貸そう。そして、この世界と地獄をひとつの世界にしてしまおう》


 楽しそうだ。


 的矢はそう言いながら生き残りがいないか確認する。


 全部死んでいる。全て死んでいる。


「い、今のは化け物ではなかったのではないですか……?」


「化け物だった。俺は化け物しか殺さない」


「ああ! ああ! もう何が正気なのか分かりません! 一体何が正気だというのですか!? もう何もかも狂っている! 狂っていることこそが正気であるかのようにして! もう嫌です! こんな世界は!」


「黙れ。お前がダンジョンカルトになったら俺は容赦なく引き金を引くぞ」


 泣き叫ぶ女性に的矢は淡々とした口調でそう言った。


「殺して! いっそ殺して! この子と一緒に殺して! もう嫌……」


「お母さん……」


 小学生ほどの子供はただ訳も分からず泣き始めた。


 ますます市ヶ谷地下ダンジョンを思い出す。


 あの時も陸奥が音を上げたのだ。


「死にたいなら勝手に死ね。死ぬほどの覚悟があるならばな。大抵の人間は死ぬ、死ぬと言っている間は死なないものだ。追い詰められれば言葉すら出ずに、無言で死を選ぶ。俺はそういう人間を見てきた。そんな連中に比べれば、お前は遥かに正気だし、まだ生きようと思っている」


 この親子はまだ正気だ。正気だからこそ狂気に苦しんでいる。狂気に陥ってしまえば、こんな泣き言は言わない。泣き言をいうまでもなく、ダンジョンカルトが落とした包丁で息子と自分の喉を突いて自殺してしまうだろう。


 そのついでに的矢のことも殺そうとするかもしれない。そうなれば的矢は容赦なく、この母親に銃口を向けて、敵として、化け物として射殺するつもりだった。


「進むぞ。上層には精神科医もいる。後でメンタルケアはしてもらえ。俺は専門家じゃない。ただ狂った人間と正気の人間は区別できるつもりだ」


「はい……」


 そして、親子は的矢の後に続いた。


 それからレイスを殺し、ゾンビを殺し、ダンジョンカルトを殺す。


 ラルヴァンダードのナビゲーションは的確だった。的矢たちは着々と最低限の交戦で上層に向かっている。


 1階層、1階層と上層に向けて進む。


 今も陸奥たちが地下に潜り続けていることを的矢は祈った。彼らが進んでいれば合流は早まる。早く合流してブラボー・セルにこの親子を任せたい。彼らが本当に狂気に沈んでしまう前に。


 もう死体を見慣れたのか、彼女たちは何も言わない。


 それが不味い兆候だということは的矢には分かっていた。


 死体が転がっているのは、軍や警察、消防の訓練された人間でなければ耐えられないはずのものだ。その訓練されていたはずの的矢たちですら、ダンジョンの中のおぞましいダンジョンカルトの所業には正気を失いかけた。


 それを見て、沈黙しているということは、悲鳴を上げたり、吐いたりする反応を見せなくなったということは、この場を支配する狂気に蝕まれていることを意味する。


《こんな時にも人の心配ができるのかい?》


 まあ、一応は俺が守ると宣誓した日本国民だからな。お荷物と捨てていくわけにもいかんさ。それにこいつが狂気に落ちれば、俺まで被害を受ける可能性が高い。それだけはごめんだ。


《それもそうだ。巻き添えはごめんだね》


 全くだな。


 的矢はアルファ・セルとの通信を試みつつ、上層を目指した。


……………………

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